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王子の憂鬱

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 メデリア市街地の隠れ家的レストランで、庶民的だが美味しそうな料理を前にしてピリピリした空気が漂っている。
 ラシルは、朝リコが持っていた携帯食を齧った後は、さっきリリアナ姫のお菓子を頂戴しただけで今日はまともに食事をしていないので、早く食べたくて仕方ないのだが、いかんせんリコとアシュランが睨み合っているため手をつけていいものか躊躇っている。
「あのぅ……」
 頑張ってやっと声を出すと、二人からきっ、と睨まれたが、ここで負けてはいられない。
「とにかく、せっかくのお料理が冷めちゃいますから、頂きましょうよぅ…」
 気持ちとは裏腹に蚊の鳴くような声だったが。
「そうですよ、リコさま。腹が減ってはなんとやらです」
 人間の姿になったメンディスも、お腹が空いているのか珍しくラシルを援護してくれた。
「……そうね、せっかくのリリアナ姫のご厚意ですものね、とりあえず休戦するわ」
 休戦って、何の戦ですか。
 リコが先に折れたところをみると、彼女も空腹なのに違いない。魔女の心得として、空腹も満腹もするべからず、とラシルは見習い時代に習った。適度にお腹を満たしておくのは、いざという時に重要だと。きっとリコもその信念に従うのだろう。特に旅の途中だと次にいつ食べられるか予定通りとは限らない。
 まあ、メンディスが言ったから折れたのかもしれないが。
「そうですね…。俺も朝からろくに食べずに出てきたからお腹は減ってるし」
 アシュラン王子の言葉の端々にも棘がある。
 三人はようやく料理を口にし始めた。シルヴァはまたバッグの中である。賢いからおとなしくて助かる。

 ここは、リリアナ姫の経営する創作レストランである。様々な国の料理をメデル風にアレンジしたものが多く、それほど敷居の高くない、でも抜群に味がいいと評判らしい。
 離宮に乗り込んで来たアシュラン王子とリコが言い争いになったので、こっそりラシルが事情を説明すると、
「積もるお話は、ゆっくりお食事でもしながらされたらいかが?」
 と、勧めてもらったのだ。体よく追い払われた、と言ってもいい。その代わりに自分の店を予約してくれて、尚且つご馳走してもらうことになった。
(せっかく王女さまが奢ってくれたのに、美味しく食べられそうにないですね……)
 と思ったのは一瞬で、口をつけると美味しさに夢中で食べ始めた。
「美味しい……、何だろうこれ、ヴィダルでは食べたことない味ですね!」
「本当ね。あの王女、やっぱりただ者じゃないわね」
「本当ですよね……ドリーさんが化けた王女さまとは似ても似つかない素敵な方でした……」
 生まれながらの気品と、賢く有能な実業家としての手腕。羨ましい。自分にももう少し取り柄があったらよかったのに。
 とラシルは内心溜め息をついたが、言葉には出していないのに、アシュランは、まだ怒ったままの顔でラシルを見ずに言った。もちろん、彼はリコについて勝手に出ていったラシルにも怒っている。
「ラシルは客観的に見ても超絶美少女だし、そうでなくても俺にとっては最高に可愛い女の子だからいいんだよ、そのままで」
 えええ、わたしの心読みました!?
「ありがとうございます……」
 怒っているのに、突然そんな殺し文句を言うなんて、アシュランさまずるい……、とラシルは頬を赤らめて食事を続ける。せめて食べ方だけでもお上品にしよう、と背筋が伸びた。
 一通り食べ尽くしてお腹が満たされると、人は怒りも薄れるのだろうか、今度はアシュランが先に折れた。
「大体の事情はわかりましたけど、一言相談してくれたらよかったんですよ、義母ははうえ
「話したら絶対に反対すると思って」
 唇を尖らせて、リコは少女のように拗ねてみせるが、義母上と呼ばれるのは満更でもなさそうだ。少し気持ちが緩んだのがラシルにもわかる。
(お母さま、どれだけわたしのこと好きなんですか)
 ラシルも口許が緩みそうになるが、もちろんそんなことは絶対に口にしない。
「そりゃあ、心配しますよ。俺だって知ってるくらいですよ? 最果ての魔女とかいうの」
「え、そうなんですか?」
 自分が知らなかったから、昔の話だし、知る人ぞ知る感じなのかと思いきや、辺境の王子が知っているとは、そんなに有名だったのか。
「ああ、ラシル。世の中の人はそんなに知らないと思う。でもほら、うちはドラゴンのことがあるから、子供の頃から歴史を学んできてるんだよね」
 だから、心を読まないでくださいよ……。
 表情に出やすいのか、アシュランはラシルが思ったことが手に取るようにわかるらしい。嘘は絶対につけそうにない。嘘をつく予定はないけれど。
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