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王子の憂鬱

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「最果ての魔女が、世界を自分の思い通りにするために、ドラゴンを求めるだろう、と古文書にも載っていました」
 と、アシュラン王子。
「ドラゴンの力って、そんなにすごいんですね……」
 ラシルは感心して、そっとシルヴァが入っているバッグを撫でる。
「わかんないけどね、誰もまともに見たことないんだし。ドラゴンを手に入れて何が出来るのかもよくわからないし」
 王子が懐疑的に言うと、意外にもメンディスがぼそりと呟いた。
「でも、最果ての魔女には算段があるということだろう?」
「そうなんですかね?」
 アシュランは何故かメンディスには殊勝な態度だ。落ち着いた大人の男性に見えるからだろうか。
「どんな形でもドラゴンを操る術を見つけているのなら、何がなんでも阻止しなきゃいけないわ。本当に文字通り、世界が滅びかねないし」
 そ、そんなに!?
 リコの言葉にラシルは慄く。そこまで言われると自分は何をすればいいのだろう、ドラゴン使いとして。
(ドラゴン使いっていってもシルヴァと、もうちょっと大きいドラゴンを見たぐらいで、笛がドラゴンを操るのはわかるけど、どっちかというとおとなしくさせるイメージなんですけど……)
 可愛いシルヴァに街や人を襲わせるなど想像できない。そもそもシルヴァでは小さい炎を吐き出す程度で、他に何か出来るとも思えない。世の中にはもっともっと巨大で強大な力を持つドラゴンがいるのだろうか。
「じゃあ、お母さまは最果ての魔女がドラゴンを使って世界を、えっと、牛耳る? のを阻止する、んですか?」
 確認のために整理して問いかけたのに、リコは物凄く複雑な顔をした。
 あ、あれ? 
 あなた一体何を聞いてたの、と雷が落ちるかと思っていたのに、何か間違っただろうか。
 ほんの数秒だったが固まってしまったリコを、メンディスがごほん、と咳払いして我に返らせる。
「あ、ああ、ええ、そうね。……阻止するだけじゃなくて、最果ての魔女をやっつけるわ」
 ちょっとおどけてみせるのがまた不自然だ。いつものリコと明らかに反応が違う。
「やっつけるって………―――殺しちゃうんですか……?」
 当然ながら違反だしどこの国でも違法だろう。ただ、本当に特別な理由があれば話は変わってくる。例えばどこかの国で賞金がかけられた凶悪犯罪者などならば。最果ての魔女であれば、最悪殺しても罪には問われないのだろうか。
 でも、ラシルにはリコがそんな理由で初めから殺すことを目的とするとは思えない。
「……最悪刺し違えてでも止めなきゃいけないのは事実ね。ああ、刺し違えるっていうのは言葉のあやよ? 魔法対決になるのは明らかだし」
 でも、とちょっと悲しげな顔になった。
「すべての魔力を奪うことで済むなら、それにこしたことはないかもね」
 ラシルにはまだ、最果ての魔女の恐ろしさがわからない。だが、リコは――――そして恐らく何故かメンディスも、並々ならぬ覚悟を持って最果ての魔女を追っているのだということは、何となく理解できた。
「義母上の覚悟はいいんですけどね、俺としてはラシルを巻き込んでほしくないのが正直なところですよ」
 憮然としてデザートのプリンをスプーンで掬いながら、アシュラン王子が独り言のように呟く。一応言ってはおくが、止められないこともわかった上での発言だ。
「ごめんなさいね、でも、ラシルにしか出来ないことがあるから」
(お母さまが素直に謝った……!)
 びっくりするラシルには気づかない振りで、リコは表情を引き締めて、アシュラン王子に頭を下げた。
「でも、これだけは誓うわ。絶対に、ラシルを無事にあなたのもとへ帰すから。少しの間、貸してください」
「お母さま……」
 感動でじーんとして、ちょっと目を潤ませたラシルに反して、アシュランは更に憮然として口を開く。
「それは当然です。ところで、これから義母上たちはミラノアに行かれるんですよね? どうやって行くんですか?」
 どうやってって、そりゃあ馬車かなんかでは? と思ったラシル。歩いていくにはミラノアは遠すぎて何日もかかる。メンディスはリコしか乗せてくれないし。
 すると、リコはきょとん、とする。
「どうやってって、魔法駅で……」
 と言いかけて自分でも気がついたようだ。
「ラシルは魔法が使えないのに?」
「あ」
「あ」
 この、大魔女と呼ばれる養母は、時々こんな思い込みをする。
 ラシルは、自分がドジっ子なのは、実はお母さまに似てるんじゃないか、と改めて認識したのである。
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