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魔法街
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しおりを挟む「お母さま、どうしました?」
廃墟と化した魔法街を振り返ったまま、固まってしまったリコを不審に思ったラシルが声をかける。
リコはそれには答えず、踵を返してずんずんと廃墟へ足を進めていった。
「お母さま?」
「……」
メンディスは何か思うところがあったのか、追いかけていく。
ラシルも、ただならぬ様子に小走りでついていこうとして、転んだ。
「い、痛ぁい」
「あああ………間に合わなかった……」
物凄く不本意、という顔で手を差しのべたアシュラン。
「ご、ごめんなさい」
「こういう時は」
「あ、ありがとう、ございます」
視力が上がって頻度は減ったとはいえ、ドジっ子ラシルは健在のようだ。
「大丈夫、急がなくてもそう遠くに行くわけではなさそうだよ」
数十メートル先まで歩いていったリコが、しゃがんで何かを拾う。
瓦礫や焼け朽ちた木材で再び転ばないよう、ゆっくり歩いてラシルとアシュランが追いつくと、リコは小さな欠片のようなものを目の前にかざす。
「何ですか、それは」
大きな手の人が親指と人差し指をくっつけて丸を作ったくらいの大きさだろうか、歪な円形の光る物体。
「これは、鱗ね」
「うろこ、って、あの魚とかについてるやつですか?」
「一般的にはそうね。後は、ドラゴンとか」
「!?」
「ドラゴン!?」
何故、そんなものがここに。
「じゃあ、ここを襲ったのはドラゴンなんですか?」
「ということは、最果ての魔女は既にドラゴンを手に入れてると?」
それでは話がまた違ってくる。
「そうとも言えないわ。私もドラゴンの鱗を見たことがあるわけじゃないし、これがそうだという確証もない」
ねぇ、とラシルに顔を向けて、ラシルの鞄を指差す。
「ちょっと、その子に聞いてみてよ」
「え、あ、シルヴァですか?」
ラシルは慌てて(ラシルは大体慌てているが)鞄の蓋を開くと、シルヴァに声をかける。
「シルヴァ、ちょっといいですか?」
「きゅ?」
くりくりの目をくるくる動かして顔を出すと、ふわっと飛び出してパタパタとラシルの周りを回る。
シルヴァは顔周りやお腹の辺りは爬虫類のような皮膚だが、胸元やしっぽには羽毛のような毛が生えていてふわふわしている。ラシルの肩に止まったところ、お腹を触ってみると確かにざらざらとしていて鱗のようなものがある。
「シルヴァ、これ、何だかわかります?」
リコがかざした鱗らしきものを見ると、シルヴァはつんつん、と鼻先でつついた。
「きゅ? きゅ」
「よくわからないけど、ドラゴンではない、みたいです」
「そう。やっぱりね」
「やっぱり、とは」
とりあえず、ほっとした顔のリコ。最果ての魔女がドラゴンを既に手を入れていたら、後は、世界を我が物にするために動くだけだからだ。
「これは、たぶんラー・ドラゴンね」
「ラー・ドラゴン……」
初めて聞く名前だった。
「ラー・ドラゴンというのはドラゴンの亜種というか、見た目は少し似ているけれど、ドラゴンとは違う生き物なのよね。凶暴で野性的な肉食獣なのだけど、知性はなく当然ドラゴンのような魔力もない」
ただ、と苦い顔のリコ。
「体が大きくて凶暴だから、危険には違いないわ。そんな獣を手懐けて動かしているとしたら面倒は面倒ね」
「魔法街を襲ったのは、そのラー・ドラゴンということでしょうか?」
アシュランが問う。
「見たわけじゃないから絶対とは言えないけど、その可能性は高いと思う。この被害状況を見る限りはね」
魔法であれば、炎や雷、風などを起こして破壊するだろうが、それでは部分的な破壊や倒壊になるだろうし、それを繰り返すのは時間も魔力も使う。強大な魔法で一瞬に街を焼き払うとすれば、住人が避難できる余裕はない。そのような獣を使えば自分はそれほどの力を使わず攻撃ができるということか。
「じゃあ、ドラゴンではないにしろ、そのラー・ドラゴンとかいうのを、連れてるってことですか?」
「……推測の域を出ないけどね」
まぁ、どちらにせよ、とパッと表情を切り替えて、リコは再び馬車に向かう。
「とりあえず、ちゃんと目撃した人に話を聞きましょ。この先のバスティーラ大聖堂に多くの人が避難してるらしいから」
どれだけ考えても事実はその場にいた者にしかわからない。
「バスティーラ大聖堂……?」
地理には疎いラシルだが、ミラノアはバスティーラ小国の外れと聞いていたので、そんな近くに大聖堂があるなど意外に思って首を傾げた。
「元々は寂れた教会だったらしいんだけどね、たまたまそこが魔道の神様である、オディエル神の教会だったものだから、移民たちが大切に祀って、魔法街の繁栄と共に巨大になったと言われてるわ」
「へえ、そうなんですか」
オディエル神は魔法に携わる者が、殆ど信仰する神だ。大きな国や組織に雇われるような偉大な魔法使いではなく、細々と魔道を生業にする者は特に商売繁盛を祈願することが多い。
そうして再び馬車に乗り、人形になったメンディスが御者席に座ると、バスティーラ大聖堂へと走り始めた。
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