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証言者たち
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しおりを挟む証言、その一。
「あれはもう、この世のものとは思えない光景だったね。あの魔女が歩く度に店や建物が壊れていくんだ」
証言、その二。
「でっかい獣がよ、物凄いスピードで街中を走り回って、バンバン壊していったぜ、死ぬかと思ったよ」
証言、その三。
「美しい女だったよ。でも、間違ってもお近づきにはなりたくねぇなぁ。禍々しい感じの美しさっていうのかな、あれは普通の魔女じゃねぇな」
証言、その四。
「魔法街で一番力があると言われている、ゼルディア婆さんのところに行ったらしいの。何を聞いたのかはわからないわ。ゼルディア婆さんは、殺されてしまって………」
ミラノアから北へ数百メートル、バスティーラ小国の首都に近づく方面に、バスティーラ大聖堂はある。おそらく最果ての魔女であろう魔女に襲われて、逃げてきた魔法使いや魔女、あるいはその家族が大勢避難していた。
元は土地の所有者が自分の信仰のために建てた小さな礼拝堂だったものが、魔法街の発展と共に多額の寄付が集まるようになり、やがて信心深い所有者は自分の手には負いきれぬと、土地ごと国へ変換し、国の所有となった。寄付金があるからというだけでなく、大勢の参拝者を受け入れるために立派な大聖堂が建てられ、常駐の聖職者や巫女が派遣されている。
周囲には静かな森と泉があるばかりで他には何もない、純粋に祈りを捧げ、信仰心を高めるのにはうってつけの場所である。
「はぁぁ……何だか、すごく清々しいところですねぇ」
ラシルが感嘆する。
「本当だね」
「元々の土地のエネルギーみたいなものもあるんでしょうけど、人々の信仰心で更に清まっていった、というところかしらね」
ルート・オブ・アッシュの森も凛とした清浄さに満ちた場所だが、それはアッシュのエネルギーと、どこか人を寄せ付けない自然の清らかさだ。
この場所は、柔らかい人々の祈りのエネルギーのようなもので満たされた美しさのようなものがあるような気がする。
オディエル神は、神話の中でも異質な神で、神々は皆魔法のような力を持ってはいたが、人間が魔法を使うことを良しとせず、その力を制限しようとしたところに異議を唱え、自分が責任を持つから人間にも自由に魔法を使えるように提言したと言われている。
だからこそ、魔法使いや魔女たちはオディエル神に敬意と感謝を表し、決してその力を邪なものに使わないという誓いを立てるのである。
「少しはお役に立てましたかな?」
中は人でごった返しているので、森へ続く小さな庭園で休憩していると、代表の神父が声をかけてきた。
「……ええ、まあ」
「そのお顔だと今一つ、というところですかな?」
取り立てて有益な情報がなかったことはお見通しだったようだ。彼も既に聞いた話ばかりだったのだろう。
「お手数おかけしてすみません」
「いやいや、当然のことですよ。私は見ることはできなかったが、本当に最果ての魔女が復活したら大変なことになりかねませんからな」
ベテランではあろうが、大聖堂の代表を預かる神父としては若い。聞けば比較的最近派遣されたばかりなのだという。
リコは、先程魔法街で拾ってきた鱗を見せた。
「神父さま、これがなにかご存知ありませんか? 私の想像ではありますが、ラー・ドラゴンの鱗かと思うのですが」
神父が知っているかはわからないが、ただのラー・ドラゴンを手懐けて街を破壊させる、しかも人間を殺して食べないでいるようにするのは難しいのではないかと思う。たまたま今回は殺戮がなかっただけかもしれないが、それだけではない何か、自分の想像を越えたものがあるのではないかとリコは感じていた。
神父は、失礼、と言って鱗を手に取り、じっくりと観察する。
「……これだけでは、確かにラー・ドラゴンの鱗かと思いますね」
「……そうですか」
ですが、と思案する顔になる。
「ただの、ラー・ドラゴンではないかもしれません」
「どういうことですか?」
神父は、顔を上げ、ちょっとこちらに、とリコたちを促した。
裏口から聖堂の中へ入り、避難している魔法使いたちに逢わないように神父の執務室へ入る。
神父は、ずらりと並んだ書棚の中から分厚い古書を引き出すと、栞を挟んだページを開いた。
「リコさまは、最果ての魔女が使役していたと言われる使い魔をご存知ですか?」
「いえ……そう言えば、悪魔と契約したという噂は聞きますけど、詳しくは知りません」
悪魔のような精霊。悪魔に成り果ててしまった精霊だったもの。それがどのようなものなのか、そう言えば誰も知らないのではないか。
「これはエスランタ王国に伝わる古文書の複製ですが、特別に王から賜ったものです。世界各地の魔道協会、オディエル信仰の拠点にはあると思います」
それならば、アントニオも知っているのではないか。そんな疑問が浮かぶ。
「ここに書いてあるのは、巨大で凶暴な獣、ということだけで、魔法街で皆さんが見たものと相違ありません。ただ……」
「ただ?」
「最果ての魔女が、傷ついたラー・ドラゴンを助けた、という逸話が残っているんです」
「……!」
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