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第9章 訓練兵と神隠し

新たな英雄誕生

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 アンカーレン事変と呼ばれることになった、アンカーレン城砦での大騒動から数日後。
 一般民が魔物化する”魔物堕ち”――一時は恐慌状態となり、国を揺るがしかねないセンセーショナルな事態へと発展しかけたこの事件でしたが、世間もようやく落ち着きを取り戻しかけていました。

 なにせ、隣人が突如として恐ろしい魔物もどきと化してしまうわけです。これまで直接的な魔物被害を免れていた民衆にとっても他人事ではなくなったわけですから、その気持ちはわかります。

 女王様の勅命により、アンカーレン城砦には緘口令が敷かれていましたが、やはり人の口には戸が立てられないということでしょう。
 ただでも女王様を一目見ようと、あの日の城砦には多くの人が詰めかけていましたからね。実際に魔物堕ちを目の当たりにした方々も大勢いますから、土台無理な話だったのでしょう。

 混乱のさなかということもあり、幸い女王様までが魔物堕ちした事実は広まっていませんが、もしそれが露見していたら、よりとんでもないことになっていたでしょうね。

 騒動が沈静化した要因としては、ふたつ。
 ひとつは魔物堕ちは神官の神聖魔法”ホーリーライト”により解除できるのが判明したこと。
 ふたつめには、あれだけ大規模な騒乱が大した被害もなく、即刻解決したことです。

 後者には、事件の首謀者が魔将と呼ばれる魔王の側近であり、それを撃退したという事実も含まれます。
 撃退した――つまりは、撃退した人物が必要なわけでして。

「また僕ですかぁ!? 冗談やめてくださいよ、タクミさんってば!」

 私の案を告げたときの、レナンくんの久しぶり見る泣きべそかいた顔が印象的でしたね。

「ですが、私にはいろいろ込み入った内情がありますし、名乗り出るわけにもいかないでしょう? その点、レナンくんはもともと”神隠し”事件を調査していたわけですし、先の王都奪還戦での功績もあります。最適だと思いませんか? それとも、レナンくんには他に適任者が?」

「うっ。そういわれてしまうと、客観的にはそうなのかもしれませんが……でも、僕の身にもなってくださいよ。ただでさえ、今でも過分な待遇を受けている身の上ですよ? 王都の件では、まだ戦ったという実績がありましたけど、今回にいたっては、本っ当に僕なんにもしてませんからね? むしろ、魔物に操られるという軍人としてあるまじき体たらく……それなのに……うっ、また胃がきりきりと……ううっ」

 魔物堕ちの被害に遭った方々は、実際に魔物堕ちして暴れていた際の記憶は残っていませんでしたが……レナンくんには、そのときの記憶が鮮明に残っているということでした。
 他人から自我を乗っ取られたような特殊な操られ方だとは思っていたのですが、特殊なだけにその後の症状も他の方々とは一線を記するようですね。
 真実は闇の中だけに、多少の捏造もまかり通るというものです。

「なんとな~く解決しましたというのでは、民衆は納得しませんよね。不安に眠れぬ日々を過ごすかもしれません。目に見える解決の象徴が必要だと思うのですよ。民衆の安寧を守るのもまた、軍人さんの勤めではありませんか?」

「また、タクミさんはいい加減な論法で言いくるめようとして……」

「今は褒め言葉として受け取っておきますよ」

 冗談抜きでも、レナンくんにはその資格があると思います。
 レナンくんが懸命に調査していたことは知っていますし、僅差で騒動は起こってしまったものの、真相の一歩手前まで迫っていたのは事実です。
 なにより、このアンカーレン城砦でレナンくんと再会し、私を調査チームに取り込む便宜を図ってくれなければ、この結果に至れたのかも微妙なところですしね。

 それに、私は訓練兵のオリンさんとして、レナンくんの指揮下にいました。
 責任者は部下の責任を取るためにいるといいますが、部下の功績はまた責任者の功績でもあるはずです。

 まあ、私がそのような慣れもしない画策をせずとも、今回の事件のあらましと、魔将の関与の件を上司に報告したレナンくんは――

「うう、どうして僕がこんな目に……」

 翌日には、民衆で埋め尽くされた表彰台のステージ上にいました。

 アンカーレン城砦の中央広場に急遽設置された特別ステージには、フウカさんやライカさんら親衛隊を従えたベアトリー女王と、その隣で胃のあたりを押さえて恐縮しまくっているレナンくんの姿があります。
 周りに比べてただでも小柄なレナンくんが、よりいっそう縮こまってちっさくなっちゃってますね。

 私は見つかるとまずいですから、遠く離れた建物の屋根の上から創生した望遠鏡でこっそりと覗き見です。

 女王様の朗々とした肉声が、ここまで聞こえてきます。
 読み上げられた功績は、かつての王都奪還戦での活躍から始まり――民衆には伝えられていなかった古都レニンバルの犯罪者ギルドの壊滅劇の中心的役割、先日王都に帰還を果たしたシシリア王太女の危機を救っていたこと、そして最大の山場として、”神隠し”事件に起因した今回のアンカーレン事変を解決に導いた立役者として発表されました。ついでに、裏で暗躍して一連の事件を企てた魔将を、一騎打ちにて退けたとも。

 盛大な歓声がほうぼうから上がります。
 もとは女王様の慰問を見物にきていた民衆が、そっくりそのままレナンくんの栄誉を称える人員として、転化したことになります。
 なんとも盛大なパレードの様相です。

 さすがは女王様ですね。
 虚実織り交ぜた名演説です。ここ最近、巷で囁かれていた事案含めて、この際にこれでもかと盛り込んできましたね。
 どうやら、奇しくもレナンくんを英雄に仕立てるという私と女王様の見解は一致していたようですね。

「この功績を讃え、女王ベアトリー・オブ・カレドサニアの名のもとに、この者に『守護剣鬼』のふたつ名とともに、将軍職を与えるものとする!」

 女王様の宣誓とともに、ひときわ大きな歓声が巻き起こりました。

 兵役の授業で、十人長の上には百人長、千人長と役職があると聞きました。将軍はさらにその上の軍統括ですから、異例の大抜擢といえるでしょうね。

 私もひとり、やんややんやの大喝采です。
 いやぁ~、身内が発表会で大賞を取ったような気分ですね。なんとも誇らしい。

 これで名実ともに、またひとり英雄が誕生したわけですね。実におめでたい!
 そのレナンくんはといいますと……おや、壇上で放心状態といいますか、なにやらぽかんと空いた口から魂っぽいなにかが抜け出ていっているようですね。
 なんとなく、傍目にも燃え尽きたっぽく白く見えます。ジョーですかね?


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