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第10章 消えた賢者
賢者を求めて王城へ ②
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城壁の穴を潜って出た先は、お城の中庭の一角でした。
城内への渡り廊下に程近く、目隠しになりそうな観葉植物がそこいらに植えられています。
廊下の人通りもほとんどないようですし、ここでしたらこっそりと廊下から外れて庭に出ても、見咎める人はいないでしょう。
背後に振り返りますと、すでに王女様のスキルですっかりと壁が修復されていました。
今しがたまでここに大穴が空いていたなど、誰しも思いも寄らないはずです。
この絶妙な場所選びに手際のよさ――これは間違いなく常習ですね。
かなり手慣れていると見受けられます。少なくとも初犯ではなさそうです。
大人しそうな見かけによらず、なんとも奔放で豪快なお姫様ですね。
王女様に連れられて、ふたりして何食わぬ顔で城内へと移動しました。
何人かの使用人さんや警護の兵士さんたちとすれ違いましたが、特に怪しまれることもなく。
王女様に先導される私に、ちらりと視線を向けられることはありましたが、それだけです。
とはいえ、忘れそうになりますが、これでいて私、今は思いっきり不法侵入中ですからね。
ちょっとそわそわしてしまいますよ。
「なんと! そこに居わすは師匠ではありませんか!」
急に大声で呼びかけられて、思わずびくっとなってしまいました。
廊下の先に立つのは、年若い貴人。
襟首で結わえた長髪を尻尾のように左右に揺らしながら、大股でずんずんと真っ直ぐ歩み寄ってきます。
小走りに近い早足で、身体が触れ合いそうな近距離までやって来てから――勢いそのままに、両手をがっしりと掴まれてしまいました。
「師匠! ご無沙汰いたしております! ご壮健そうでなによりです!」
「やあ、クリスくんじゃないですか。お久しぶりですね。そちらも相変わらずお元気そうで」
若干、お元気すぎな気もしますが。
クリスティーン・アドニスタ。通称、クリスくん。
シシリア王女の幼馴染、先の古都レニンバルで別れたアドニスタ公爵家のご子息ですね。
そういえば、彼にはかの古都での魔法の一件で、心の師匠認定されていましたか。
「ええ! それはもうおかげさまで!」
依然として両手を握ったまま、身体を押しつけるようにぐいぐい迫られました。
以前はもうちょっと落ち着いた感じの子でしたが、今日はものすごいハイテンションですね。
しかも、なにか瞳の奥が純粋無垢な赤子のように、きらっきらしています。
「このクリスティーン、師匠との再会できる日を、一日千秋の思いで待ちわびておりました!」
ぐいぐい。
「あの後、連絡先を交換していなかったことを、どれほど悔やんだことか!」
ぐいぐいぐい。
「しかし、それももはや過去のこと! こうして意図せずお会いできたのも、神の思し召しでしょう!」
ぐいぐいぐいぐい。
「あの日、師匠に授かった教えを胸に、私も日々精進しております!」
ぐいぐいぐいぐいぐい。
特になにも授けた覚えはありませんが、さすがにぐいぐい来すぎです。
すでにお互いの上体が密着し、土俵際で競り合う力士のようになっているのですが。
「こら、クリス。落ち着きなさい」
「痛い!」
すぱーんと小気味いい音がして、クリスくんが頭を押さえて蹲りました。
お隣では、右足を高く掲げたポーズのまま静止している王女様。
どうやら、強烈なハイキックが後頭部に炸裂したみたいですね。
「ななな、なにをするんだ、シシリー! 王女が足癖が悪いのははしたないからって、いつも言っているだろ!?」
「あら。はしたないのはクリスのほうですわ。タクミ様にお会いして、興奮するのはわからないでもありませんが、はしゃぎすぎですわよ。ご覧なさい、タクミ様も驚いておられますわ」
どちらかといいますと、驚いたのはスカート姿の少女が迷いなく回し蹴りを選んだことでしたが。
王女という立場以前に、もうちょっと女の子としての節度を保ちましょう。お爺ちゃんからのお願いです。
「ん、ああ……ごほんっ。師匠、私としたことがこれは失礼いたしました。つい、感激で心のメーターが振り切ってしまいまして」
襟元を正したクリスくんが、優雅に腰を折りました。
まだ13歳という若年ながら、美形で大人顔負けの気品があるクリスくんだけに、こういう所作は絵になりますね。
兎にも角にも、ようやく落ち着いて話ができそうです。
「そんなに慕ってもらい、こそばゆくもありますね。こんな場所で会うということは、クリスくんも今はお城の中にお住まいで?」
「いいえ、私は城下の別邸にて暮らしております。本日はたまたま所用で登城していたのですが……そこでこうして師匠に再会できるとは、思ってもおりませんでした。まさに運命!」
「……おや? 気のせいか……前とはずいぶん口調が違いませんか?」
それに以前は、一人称が”妾”ではありませんでしたっけ。
「あれは影武者としての役作りでしたから……お恥ずかしい限りです。お役御免となったからには、できればもうお忘れください。さすがに城中であのような言動では、王家への不敬にあたります。それに、私も公爵家に籍を置く身、貴族としての体裁もございますので、身なりや振る舞いには気を使っております」
それで今日は女装もしていないのですね。
どうりで今のクリスくんは、いかにも貴族然とした装いなわけです。
ドレスも似合っていましたが、こちらもよくお似合いですね。
ただ、日本人である私の感覚からしますと、こういった中世時代ふうの貴族服は、ミニスカートの下にズボンを履いているようで、今のままでも充分に女の子っぽく見えなくもありません。
もともとクリスくんは女顔ですから、長髪も相まって中性的といいますか、初対面でどちらの性別で紹介されても、すんなり納得してしまいそうです。
「高貴な身分というのも、大変なのですね」
堅苦しいことが苦手な私では、とても務まりそうにありません。
「貴族たるもの万民の手本たれ。これも将来、人の上に立つ者の責務ですから」
私に言いながらも、クリスくんの視線は隣の王女様に向けられていました。
王女様にといいますか、正確にはそのメイドの服装に。
まあ、クリスくんのいいたいことはわかりますが……
「趣味ですわ」
さすがはあの女傑たるベアトリー女王の血を引く王女様。
それくらいでは微塵も揺るぎませんでした。
城内への渡り廊下に程近く、目隠しになりそうな観葉植物がそこいらに植えられています。
廊下の人通りもほとんどないようですし、ここでしたらこっそりと廊下から外れて庭に出ても、見咎める人はいないでしょう。
背後に振り返りますと、すでに王女様のスキルですっかりと壁が修復されていました。
今しがたまでここに大穴が空いていたなど、誰しも思いも寄らないはずです。
この絶妙な場所選びに手際のよさ――これは間違いなく常習ですね。
かなり手慣れていると見受けられます。少なくとも初犯ではなさそうです。
大人しそうな見かけによらず、なんとも奔放で豪快なお姫様ですね。
王女様に連れられて、ふたりして何食わぬ顔で城内へと移動しました。
何人かの使用人さんや警護の兵士さんたちとすれ違いましたが、特に怪しまれることもなく。
王女様に先導される私に、ちらりと視線を向けられることはありましたが、それだけです。
とはいえ、忘れそうになりますが、これでいて私、今は思いっきり不法侵入中ですからね。
ちょっとそわそわしてしまいますよ。
「なんと! そこに居わすは師匠ではありませんか!」
急に大声で呼びかけられて、思わずびくっとなってしまいました。
廊下の先に立つのは、年若い貴人。
襟首で結わえた長髪を尻尾のように左右に揺らしながら、大股でずんずんと真っ直ぐ歩み寄ってきます。
小走りに近い早足で、身体が触れ合いそうな近距離までやって来てから――勢いそのままに、両手をがっしりと掴まれてしまいました。
「師匠! ご無沙汰いたしております! ご壮健そうでなによりです!」
「やあ、クリスくんじゃないですか。お久しぶりですね。そちらも相変わらずお元気そうで」
若干、お元気すぎな気もしますが。
クリスティーン・アドニスタ。通称、クリスくん。
シシリア王女の幼馴染、先の古都レニンバルで別れたアドニスタ公爵家のご子息ですね。
そういえば、彼にはかの古都での魔法の一件で、心の師匠認定されていましたか。
「ええ! それはもうおかげさまで!」
依然として両手を握ったまま、身体を押しつけるようにぐいぐい迫られました。
以前はもうちょっと落ち着いた感じの子でしたが、今日はものすごいハイテンションですね。
しかも、なにか瞳の奥が純粋無垢な赤子のように、きらっきらしています。
「このクリスティーン、師匠との再会できる日を、一日千秋の思いで待ちわびておりました!」
ぐいぐい。
「あの後、連絡先を交換していなかったことを、どれほど悔やんだことか!」
ぐいぐいぐい。
「しかし、それももはや過去のこと! こうして意図せずお会いできたのも、神の思し召しでしょう!」
ぐいぐいぐいぐい。
「あの日、師匠に授かった教えを胸に、私も日々精進しております!」
ぐいぐいぐいぐいぐい。
特になにも授けた覚えはありませんが、さすがにぐいぐい来すぎです。
すでにお互いの上体が密着し、土俵際で競り合う力士のようになっているのですが。
「こら、クリス。落ち着きなさい」
「痛い!」
すぱーんと小気味いい音がして、クリスくんが頭を押さえて蹲りました。
お隣では、右足を高く掲げたポーズのまま静止している王女様。
どうやら、強烈なハイキックが後頭部に炸裂したみたいですね。
「ななな、なにをするんだ、シシリー! 王女が足癖が悪いのははしたないからって、いつも言っているだろ!?」
「あら。はしたないのはクリスのほうですわ。タクミ様にお会いして、興奮するのはわからないでもありませんが、はしゃぎすぎですわよ。ご覧なさい、タクミ様も驚いておられますわ」
どちらかといいますと、驚いたのはスカート姿の少女が迷いなく回し蹴りを選んだことでしたが。
王女という立場以前に、もうちょっと女の子としての節度を保ちましょう。お爺ちゃんからのお願いです。
「ん、ああ……ごほんっ。師匠、私としたことがこれは失礼いたしました。つい、感激で心のメーターが振り切ってしまいまして」
襟元を正したクリスくんが、優雅に腰を折りました。
まだ13歳という若年ながら、美形で大人顔負けの気品があるクリスくんだけに、こういう所作は絵になりますね。
兎にも角にも、ようやく落ち着いて話ができそうです。
「そんなに慕ってもらい、こそばゆくもありますね。こんな場所で会うということは、クリスくんも今はお城の中にお住まいで?」
「いいえ、私は城下の別邸にて暮らしております。本日はたまたま所用で登城していたのですが……そこでこうして師匠に再会できるとは、思ってもおりませんでした。まさに運命!」
「……おや? 気のせいか……前とはずいぶん口調が違いませんか?」
それに以前は、一人称が”妾”ではありませんでしたっけ。
「あれは影武者としての役作りでしたから……お恥ずかしい限りです。お役御免となったからには、できればもうお忘れください。さすがに城中であのような言動では、王家への不敬にあたります。それに、私も公爵家に籍を置く身、貴族としての体裁もございますので、身なりや振る舞いには気を使っております」
それで今日は女装もしていないのですね。
どうりで今のクリスくんは、いかにも貴族然とした装いなわけです。
ドレスも似合っていましたが、こちらもよくお似合いですね。
ただ、日本人である私の感覚からしますと、こういった中世時代ふうの貴族服は、ミニスカートの下にズボンを履いているようで、今のままでも充分に女の子っぽく見えなくもありません。
もともとクリスくんは女顔ですから、長髪も相まって中性的といいますか、初対面でどちらの性別で紹介されても、すんなり納得してしまいそうです。
「高貴な身分というのも、大変なのですね」
堅苦しいことが苦手な私では、とても務まりそうにありません。
「貴族たるもの万民の手本たれ。これも将来、人の上に立つ者の責務ですから」
私に言いながらも、クリスくんの視線は隣の王女様に向けられていました。
王女様にといいますか、正確にはそのメイドの服装に。
まあ、クリスくんのいいたいことはわかりますが……
「趣味ですわ」
さすがはあの女傑たるベアトリー女王の血を引く王女様。
それくらいでは微塵も揺るぎませんでした。
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