上 下
144 / 164
第10章 消えた賢者

賢者を求めて王城へ ②

しおりを挟む
 城壁の穴を潜って出た先は、お城の中庭の一角でした。
 城内への渡り廊下に程近く、目隠しになりそうな観葉植物がそこいらに植えられています。
 廊下の人通りもほとんどないようですし、ここでしたらこっそりと廊下から外れて庭に出ても、見咎める人はいないでしょう。

 背後に振り返りますと、すでに王女様のスキルですっかりと壁が修復されていました。
 今しがたまでここに大穴が空いていたなど、誰しも思いも寄らないはずです。

 この絶妙な場所選びに手際のよさ――これは間違いなく常習ですね。
 かなり手慣れていると見受けられます。少なくとも初犯ではなさそうです。
 大人しそうな見かけによらず、なんとも奔放で豪快なお姫様ですね。

 王女様に連れられて、ふたりして何食わぬ顔で城内へと移動しました。
 何人かの使用人さんや警護の兵士さんたちとすれ違いましたが、特に怪しまれることもなく。
 王女様に先導される私に、ちらりと視線を向けられることはありましたが、それだけです。

 とはいえ、忘れそうになりますが、これでいて私、今は思いっきり不法侵入中ですからね。
 ちょっとそわそわしてしまいますよ。

「なんと! そこに居わすは師匠ではありませんか!」

 急に大声で呼びかけられて、思わずびくっとなってしまいました。

 廊下の先に立つのは、年若い貴人。
 襟首で結わえた長髪を尻尾のように左右に揺らしながら、大股でずんずんと真っ直ぐ歩み寄ってきます。

 小走りに近い早足で、身体が触れ合いそうな近距離までやって来てから――勢いそのままに、両手をがっしりと掴まれてしまいました。

「師匠! ご無沙汰いたしております! ご壮健そうでなによりです!」

「やあ、クリスくんじゃないですか。お久しぶりですね。そちらも相変わらずお元気そうで」

 若干、お元気すぎな気もしますが。

 クリスティーン・アドニスタ。通称、クリスくん。
 シシリア王女の幼馴染、先の古都レニンバルで別れたアドニスタ公爵家のご子息ですね。

 そういえば、彼にはかの古都での魔法の一件で、心の師匠認定されていましたか。

「ええ! それはもうおかげさまで!」

 依然として両手を握ったまま、身体を押しつけるようにぐいぐい迫られました。

 以前はもうちょっと落ち着いた感じの子でしたが、今日はものすごいハイテンションですね。
 しかも、なにか瞳の奥が純粋無垢な赤子のように、きらっきらしています。

「このクリスティーン、師匠との再会できる日を、一日千秋の思いで待ちわびておりました!」

 ぐいぐい。

「あの後、連絡先を交換していなかったことを、どれほど悔やんだことか!」

 ぐいぐいぐい。

「しかし、それももはや過去のこと! こうして意図せずお会いできたのも、神の思し召しでしょう!」

 ぐいぐいぐいぐい。

「あの日、師匠に授かった教えを胸に、私も日々精進しております!」

 ぐいぐいぐいぐいぐい。

 特になにも授けた覚えはありませんが、さすがにぐいぐい来すぎです。
 すでにお互いの上体が密着し、土俵際で競り合う力士のようになっているのですが。

「こら、クリス。落ち着きなさい」

「痛い!」

 すぱーんと小気味いい音がして、クリスくんが頭を押さえて蹲りました。

 お隣では、右足を高く掲げたポーズのまま静止している王女様。
 どうやら、強烈なハイキックが後頭部に炸裂したみたいですね。

「ななな、なにをするんだ、シシリー! 王女が足癖が悪いのははしたないからって、いつも言っているだろ!?」

「あら。はしたないのはクリスのほうですわ。タクミ様にお会いして、興奮するのはわからないでもありませんが、はしゃぎすぎですわよ。ご覧なさい、タクミ様も驚いておられますわ」

 どちらかといいますと、驚いたのはスカート姿の少女が迷いなく回し蹴りを選んだことでしたが。
 王女という立場以前に、もうちょっと女の子としての節度を保ちましょう。お爺ちゃんからのお願いです。

「ん、ああ……ごほんっ。師匠、私としたことがこれは失礼いたしました。つい、感激で心のメーターが振り切ってしまいまして」

 襟元を正したクリスくんが、優雅に腰を折りました。
 まだ13歳という若年ながら、美形で大人顔負けの気品があるクリスくんだけに、こういう所作は絵になりますね。

 兎にも角にも、ようやく落ち着いて話ができそうです。

「そんなに慕ってもらい、こそばゆくもありますね。こんな場所で会うということは、クリスくんも今はお城の中にお住まいで?」

「いいえ、私は城下の別邸にて暮らしております。本日はたまたま所用で登城していたのですが……そこでこうして師匠に再会できるとは、思ってもおりませんでした。まさに運命!」

「……おや? 気のせいか……前とはずいぶん口調が違いませんか?」

 それに以前は、一人称が”妾”ではありませんでしたっけ。

「あれは影武者としての役作りでしたから……お恥ずかしい限りです。お役御免となったからには、できればもうお忘れください。さすがに城中であのような言動では、王家への不敬にあたります。それに、私も公爵家に籍を置く身、貴族としての体裁もございますので、身なりや振る舞いには気を使っております」

 それで今日は女装もしていないのですね。
 どうりで今のクリスくんは、いかにも貴族然とした装いなわけです。
 ドレスも似合っていましたが、こちらもよくお似合いですね。

 ただ、日本人である私の感覚からしますと、こういった中世時代ふうの貴族服は、ミニスカートの下にズボンを履いているようで、今のままでも充分に女の子っぽく見えなくもありません。
 もともとクリスくんは女顔ですから、長髪も相まって中性的といいますか、初対面でどちらの性別で紹介されても、すんなり納得してしまいそうです。

「高貴な身分というのも、大変なのですね」

 堅苦しいことが苦手な私では、とても務まりそうにありません。

「貴族たるもの万民の手本たれ。これも将来、人の上に立つ者の責務ですから」

 私に言いながらも、クリスくんの視線は隣の王女様に向けられていました。
 王女様にといいますか、正確にはそのメイドの服装に。

 まあ、クリスくんのいいたいことはわかりますが……

「趣味ですわ」

 さすがはあの女傑たるベアトリー女王の血を引く王女様。
 それくらいでは微塵も揺るぎませんでした。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,468pt お気に入り:3,528

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:171,153pt お気に入り:7,831

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,086

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:155

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,749pt お気に入り:24,147

最強超人は異世界にてスマホを使う

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:387

とある小さな村のチートな鍛冶屋さん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:8,504

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。