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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第二十話 悪役令嬢、殿下の愛に取り乱す(後編)

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 息を合わせて、殿下と令嬢が叱咤する。

 共通の敵を見つけたおかげか、いつもの調子を取り戻してきていた。

 だが、マリーはそんなことで揺れるメイドではない。
 十数年、バネッサの世話係をしてきたのだ。
 この程度で、取り乱すわけがない。


「不甲斐ないお嬢様の代わりに、心中を代弁して差し上げたのです。感謝を頂きたいものですね」


 どこ吹く風といった様子で、肩を竦める。


「むっかーとしますわよ??」

「私が補足を入れておかないと、殿下のご帰宅後に一人反省会を繰り広げてしまうでしょう?」


 主が反論すればするほど、攻撃力を高めて返答するのだ。


「しません……! そんなもの、したことありませんし……」


「ご安心ください。お嬢様は殿下の言葉が受け入れがたいのではなく、嬉しすぎてどう反応したらよいのか分からないのです」


 バネッサ付き第一メイドは、訴えを無視して、主の心情を正確に翻訳する。

 それを阻止するべく、令嬢は殿下と話す彼女に勢いよく抱きついた。


「わたくしを差し置いて、殿下とお話しないでくださいませ!!」

「では、きちんとお話してくださいますか? 私の負担を増やさないでくださいませ」

 どことなく煩わしささえ感じさせる言い草だ。


「それが主に対する態度なのですが??」


 まとわりついて、バネッサはキャンキャン吠える。


「私のことよりも、気にすべき方がいらっしゃるのではありませんか? お嬢様」


 マリーは、桃色の頬をそっと殿下の方に向けさせる。

 視線の先で、エドワードがほっと息を吐いていた。
 そうなのですね、と怜悧な眉を下げた。


「……てっきり、僕は君に嫌われてしまったのかと」


 しみじみと安堵した声を落とす。

 悪役令嬢はそんな愛する人を見て、すぐさま駆け寄った。

 両手を重ね、胸の前に持ってくる。上目遣いをしながら、力強く握りしめた。


「わたくしが殿下を嫌うなんてこと、ありません。この世界が滅びようとも!!」

「バネッサ…………」


 愛する人を見つめながら、感極まった声音を零す。

 とぼしい表情からでも、彼の幸福感が伝わってきた。


「僕も、君に嫌われては生きていけません」


 なんてことないように、エドワードは頷く。

 そんな主を見て、従者を背筋にぶるりと悪寒がした。

 ……世界が滅びるなら、きっとそれを引き起こすのは、バネッサ様に嫌われた殿下なんだろうな…………。

 従者は定番なセリフに恐怖を覚え、心に浮かんだ納得感を押し殺す。


「ありがとうございます、愛しい君」


 忠臣の心情も知らず、殿下は軽く、少しだけ口元を緩めた。
 意図した微笑みではなく、計算したものでもなく、本心から安心したのだろう。

 今まで見たことないほど、優しい表情だった。

 間近で浴びたバネッサが、きゃっと歓声を上げた。

 脳内お花畑な令嬢とは対照的に、従者がぐったりとした顔をする。


「……どうせ、ここからまたすれ違いの苦労が始まるんだろうな……」


 彼はこの場の甘酸っぱさに過食気味だ。

 何しろ、殿下はまだ結婚式のことを伝えていないのだから。

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