死に戻り令嬢の契約婚

渡波みずき

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 結婚可能な男性を一日でつかまえることの難しさは、ヴィオレータにも、さすがにわかる。けれども、時間は有限だ。

 貴族の結婚は、もとより恋愛に重きをおいていないし、ヴィオレータも夫からの愛など求める気はない。重要なのは、結婚を即決させる対価と目的として、こちらが何をどこまでさしだせるか、だ。

 相手に利益となるものは、なんだろうか。血筋、美貌、経済的な援助、より上位の家との縁組、政治的に優位になるための足掛かり。ひとによって、結婚に求めるものは異なるが、ヴィオレータが相手に与えられるのは、公爵家の血筋と、前世で得た知識くらいのものだ。エストレラ家に迷惑はなるべくかけたくない。

 手数を打つ暇はない。ヴィオレータは馬車の支度を待つあいだに図書室へ行き、貴族名鑑を手に取った。狙うは次男以下だ。家を継ぐ立場の者は、そう安易に結婚はしてくれない。次男三男は家を出る身だから、生活は安定しないかもしれないが、背に腹はかえられなかった。

 ざっと見て、エストレラ家と同派閥か中立の家門を洗い出す。不正に手を出したり、経済状況が不安だったりといった難ありの家を除外していく。さらに、婚約者がいる者を除くと、この時点で候補者はわずか十人あまりに減った。その全員の名を、ヴィオレータは頭に叩き込む。

「姫さま、馬車のご用意が整ってございます」
「ちょうどよかった。では、パウラ叔母さまのところへやってくれる?」

 父方の叔母パウラは、ダルシア侯爵夫人として社交界で一定の地位を築いている。彼女のもとには多くの情報が集まっているはずだ。いま覚えた候補者について聞いて、さらに絞り込み、二、三人に突撃してみる心づもりだった。

 先触れもなく朝早い時間に訪問した姪に驚きながらも、パウラは快く迎え入れてくれた。

「ご予定がございました?」
「あっても断るわよ。あなたがめずらしく無作法を選ぶ状況なんでしょう? 何が起きているか興味があるし、できるかぎり手を貸したいもの」

 パウラのことばに微笑んで礼を述べ、ヴィオレータはさっそく人払いを願い出た。部屋にふたりきりになって、近くに座り直して、さらに膝をすすめる。そうして、声を低くする。

「くわしい状況をご説明しても、明日にならないと裏付けが取れませんので省きます。とにかく時間がありません。わたくし、今日じゅうに結婚しないとなりませんの!」
「なんですって?」
「いまから申し上げるなかで、人品やおいえに問題のあるかたは教えてくださいませ」

 ヴィオレータが有無を言わせず口にする名に、ひとつひとつ反応を返してから、パウラは自身も声を潜める。

「いったい何事なの、ヴィオレータ。あなた、自分が王族と結婚してもおかしくない出自なのはわかっているでしょう? いま出てきた名前はどれも、貴族は貴族でも、爵位持ちにはならない御子息ばかりだわ」
「ええ、存じております。わざと、そのようなかたを選びました。緊急事態なのです。わたくし、明日を待てば、王太子殿下と婚約させられてしまいます」

 ヴィオレータの発言に、パウラは眉を寄せ、首をひねる。いったい、それの何が問題なのかとでも言いたげな表情だ。

「何なの? 元庶子の王太子では、ご不満なのかしら?」
「いいえ。殿下は立派なかたですわ。でもわたくしは絶対に婚約したくありません」

 まだ下ってもいない神託の話も、救国の乙女のことも、自身が罪に問われることも、死に戻ったことも、何ひとつとして、漏らせない。そのようなことを口走れば、ヴィオレータは気が狂ったと思われてしまう。だが、王太子との婚約を厭うのは、アリだ。救国の乙女の件がなくとも、ヴィオレータは公爵令嬢で、エストレラ公爵家は、王太子の後ろ盾として申し分ない家門のはず。内密に婚約を打診されているのかと、叔母に思い込ませることは可能だろう。

 パウラは、キッパリと意思を示したヴィオレータの目を見て、ややあって、諦めたようにためいきをついた。

「そうね。他家ならば、結婚の条件について、折り合うまでとことん交渉もできるし、合わなければ婚約解消だってできるけれど、お相手が王太子殿下ともなれば、ねぇ……」

 王太子と婚約したら、基本的にその関係が解消されることはないと言っていい。後戻りのできない道だ。

「ヴィオレータは真面目だけれど、社交的ではないから、確かに権謀術数とは無縁よね。王宮は、ひとより立ち回りがうまくないと、生き残れないもの」

 そのとおりだ。実際にそれで一度、文字どおり死んでしまったヴィオレータは、パウラの率直すぎる評価に苦笑いした。

「わたくしは、王宮の花を愛でるより、領地経営のほうが向いていると思っておりました。でも、そうも言っていられません。明日までにどこぞの領主夫人に収まるのは無理ですわ。ならば、せめて、領主を助けるご兄弟のもとに嫁ぎたいのです」
「──領主夫人がいいなら、ひとりだけ、推しがいるわよ」
「推し、ですか?」

 耳慣れないことばにきょとんとしたヴィオレータに、パウラは立ち上がり、近くの書机の引き出しを開けた。一通の手紙を取り出して、戻ってくる。

「ちょうど、縁談を世話してあげようと思ってた子がいるの。伯爵家のご長男なんだけど、おもしろい子よ。婚約者に同伴していた夜会を途中で放り出して、仔牛の出産に付き添ったらしいわ」

 「私と牛のどっちが大事なの!」と婚約者に問われて即答できなかった彼は、あえなく破談の憂き目に遭ったそうだ。正直、王太子にエスコートを断られた身としては、気の進まない話だ。婚約者を蔑ろにする男ではないか。

 なぜ、そんな相手を勧めるのかと、不思議に感じたヴィオレータの考えを見透かすように、パウラは笑った。
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