さげわたし

凛江

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第七章 セドリック その四

拉致の報せ①

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「マイロが⁈拉致されただと⁈」

領都からの早馬でセドリックがマイロの拉致を知ったのは、開戦から三日後、拉致事件発生からは丸一日経った後のことであった。
「マイロの奴、油断したか…。あいつに留守を任せるのはまだ早かったのか?」
セドリックはそう呟くと唇を噛んだ。
取引を行う予定だった武器商人は付き合いの長い商人だったから、マイロも彼に付いていた者たちも油断していたのだろう。

商談中突然踏み込んできた武装軍団にマイロ1人が拉致され、留守隊を預かる警備隊長たちが懸命に行方を追っているという。
即座に港も領都から出る街道も全て封鎖したため、賊が外に出た可能性は低く、領都内のどこかに潜んでいると思われる。
しかし賊の正体も目的もまだわからない状態で、マイロの身が案じられた。
ただ、拉致ということから命をとるのが目的ではないことだけは察せられる。

「留守隊に任せるしかない…。義母が王家にまで援軍要請したようだが、それはすぐに取り消してくれ」
「はっ」
非情なようだが、開戦した今、自分はここから離れるわけにはいかない。
ましてや、たかが貴族の子息1人を探すために王家に援軍要請などもってのほかだ。

「こらえてくれよ、マイロ…」
セドリックは祈るような気持ちでそう呟いた。

◇◇◇

その日の午後、セドリックはオスカーたちと作戦会議を開いていた。
港と砦を急襲されてそれらを撃退した後、セドリックは敵を追撃し、砦を一つ落としている。
本当は敵の本陣に攻め込んで一気に方をつけたいところだが、海賊の急襲で本隊の一部を港の守りに回しているため慎重に進めざるを得ない。

敵側の砦には続々と援軍が集まっているとの報告もあり、隣り合う領同士の小競り合いで済ませたかったセドリックの思いとは裏腹に、最早国同士を巻き込む戦になろうとしていた。
本音では領都に残してきた別働隊も送って欲しいくらいのところだが、領都でもマイロ拉致事件が起きているためそれは期待できない。
ただ、本格的な開戦になることを見越して近隣の領主に援軍要請したところ快く応じてくれ、今夜にもかなりの兵が集まるだろうと思われた。
敵は敵で砦を一つ落とされていることから、味方が集まるのを待っているのかもしれない。

(それにしても、マイロの拉致はやはりソルベンティアに指示された海賊の犯行なのだろうが、何故…)
鮮やかな手口と拉致の場所が港に近いことから、おそらく犯人はロロネー率いる海賊団だと思われた。
だがセドリックは、開戦に海賊が一枚噛んでいたことを受け、領内の全ての港の守りを固めるよう、指示を出していたはずだ。
海賊が入り込める隙はなかったはずだから、おそらく彼らはかなり前から領内に入り、準備していたと思われる。
開戦したら武器商人に入れ替わり、公爵家から連絡がくるのを手ぐすね引いて待っていたのだろう。

マイロをどのように利用しようとしているのかわからないが、実弟を人質にされたセドリックの動きを止める切り札にされるのは間違いない。
ただ幸いだったのは、セドリックが港の守りを固めるよう指示を出していたおかげで、未だ犯人グループが領内から出て行けないことだ。
領都に残ったサラトガ騎士団がすぐに捜索に向かったこともあり、おそらく犯人グループはマイロを連れたまま密かに領都近辺に隠れているに違いない。

マイロ拉致の一報から一晩過ぎても、犯人グループからは未だになんの要求もない。
マイロを動かすことが出来ないからと思われるが、ただ、あまり日数をかけては、犯人グループが焦れてマイロを諦めて逃げるかもしれない。
その時は、邪魔になったマイロは即座に殺されることだろう。
要するに、一刻の猶予も無いということだ。

「今晩、援軍が到着したら砦の守りについてもらう。また、港の守りについてもらうようにとも要請している。よって、我がサラトガ軍は全軍をもって敵の本陣を一気に攻める」
セドリックは部下たちにそう告げた。
敵の援軍が集まる前に一気に方を付けるつもりだ。
しかし部下の中から、マイロの安全を慮る発言と、それへの反論が出始めた。

「今晩方がついてしまっては、マイロ様を人質にとった意味がなくなり、かえって危険ではないでしょうか」
「しかし、なんの要求もない今、どうしようもないでしょう」
「ソルベンティアの将を生け捕って、人質交換してはどうでしょうか」
「いや、そもそもマイロ様拉致犯がソルベンティアとは限定されていないでしょう?ロロネーが単独でやったのかもしれない」
「しかしこのタイミングでの拉致など、ソルベンティアが背後にいるとしか考えられません」
「ではどうすればいいと言うんですか?敵がどんどん増えていくのを、指を咥えてただ見ていろと?」
「私はそんなことは…!」
「皆、聞いてくれ」

部下たちは口を噤み、伺うようにセドリックの方に目をやった。
セドリックはそんな部下たち一人一人を見回し、目を合わせた。
「皆がマイロを案じてくれる気持ちは有り難いと思う。だが、領を守り、国を守るのが我らのつとめだ。マイロも『王国の盾』サラトガ家で育った男なのだから、拉致された時から覚悟は出来ているだろう」
「閣下…」

セドリックに、母親が異なる弟だからといってマイロを疎む気持ちは微塵もない。
生意気な口をききながらも誇らしげに自分を見る弟を可愛いとも思っている。
しかし、マイロ1人のために民や兵を危険に晒すわけにもいかないのだ。

その夜、セドリックは駆けつけてきた近隣の領主に砦を任せ、自軍に号令した。
「松明を消せ。夜陰に乗じ、国境を越える。私が率いる本隊は正面から、オスカー率いる別働隊は裏へ回れ。港へ送っていた隊もすでにこちらに向かっている。ーー三方から、本陣を、一気に攻める」
「おーーーっ!」

セドリックは自ら先頭に立ち、現ノートン領主の本陣である砦に向かった。
気づいた敵が出陣してきたが、勇猛なサラトガ騎士団はそれを蹴散らし、本陣に近づいて行く。
ノートン領の将が砦を捨てて退却したのは、開戦から僅か数刻後のことであった。
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