さげわたし

凛江

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第八章 拉致、そして帰還

救出

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「ダメ!」

シオンの前に飛び出したアメリアの体を賊の1人が担ぎ上げ、走り出した。
他の賊たちも一斉に走り出す。

担がれているため、胸や腹が圧迫されて苦しい。
拳を作って背中を叩こうと、足をバタつかせようと、賊の腕はアメリアの腰をしっかり抱えたままびくともしない。
結局逃げ切ることは出来なかったが、なんとかシオン1人でも逃げてくれればとアメリアは祈った。

しかしそうして担がれている間にも騒めきは大きくなり、もうそこまで何かが来ているような気配がする。

そして次の瞬間。
目の前を走っていた賊の体が突然脇の方へ吹き飛んだ。
間髪入れず、周囲の賊たちの体も次々に飛んでいく。

「…え⁈」
飛んでいく賊たちをまるでスローモーションのように見送っていると、突然目の前に大きな影が現れた。
(何?)
考える暇もなく、アメリアの体がふわりと持ち上がる。

(まさか…!)
思考を廻らせる暇もなく、何か大きなもので体を包み込まれた。
そして気づくと体は宙に浮いていて、次の瞬間アメリアは馬上の人になっていた。

「しっかり掴まっていろ!」
頭の上から叫ぶ声がして見上げれば、それは戦場に行っていたはずの夫の姿だ。
「閣下、どうして…!」
「いいから、しっかり掴まれ!振り落とされるぞ!」

セドリックは左手に剣と手綱を握り、右手でアメリアを抱えていた。
「は、はい!」
アメリアが両手でしっかり手綱を握ると、彼はアメリアから手を放し、右手に剣を持ち替えた。
そしてそのまま、シオンが対峙していた賊を斬り払った。

「怖かったら目を閉じていろ」
「いいえ、大丈夫です」
「そうか」
セドリックが一瞬だけ笑った気配がした。
暗闇の中目を凝らせば、周囲にもサラトガ騎士団の騎士たちがいて、賊を相手に闘っている。
その中には、アメリアが乗る馬を守るようにして闘うカリナ、バート、エイベルたちもいた。

「貴様ら!『王国の盾』サラトガ公爵の妻と知っての狼藉か⁈我が妻に指一本でも触れた者、その命をもって償え!」
セドリックは器用に馬を操りながら、賊を薙ぎ払うように斬りつけた。
アメリアも必死にセドリックの体にしがみつく。

「1人たりとも逃すな!生け捕りにして、黒幕を吐かろ!」
セドリックの怒号が森の中に響き渡り、それに応えるように騎士たちも賊に斬りつける。

アメリアはセドリックに守られながら、その戦いぶりに魅入った。
正しく彼は鬼神の如く、華麗な剣捌きで賊を蹴散らしていく。

(これが、『王国の盾』サラトガ公爵…)
アメリアは幼い頃に憧れた『英雄』の、封印していた『初恋の人』の姿を、初めて見たような気がした。
鈍感で人の心の機微には疎いが、戦になると滅法強い…、それが、この人の真実の姿なのだ。

「ちくしょう、おまえら!退け!」
劣勢と見た『頭』の声に賊は散り散りになって逃げ出したが、騎士たちは逃がさまいと追いかけた。
実際、手練揃いのサラトガ騎士団から逃れるなど、不可能なことであろう。
そうして賊は次々と生け捕られ、あっという間に縛り上げられたのだった。

(シオン先生は…⁈)
戦いがおさまってくると、アメリアは自分を逃がそうとして賊に取り囲まれていたシオンが気になった。
しかしシオンは無事なようで、騎士団に守られるようにして控えている。

(ああ、良かった…)
アメリアは彼の姿を見て安堵すると、ふっと力が抜け、セドリックの胸に寄りかかった。

◇◇◇

剣を鞘に戻したセドリックは、手綱を持ち替え、空いた方の手をアメリアの腹に回した。
「すまない。人を斬った手で貴女に触れて…」
そう言いながらもアメリアに回した手をグッと引き寄せ、彼に包み込まれるような形になる。
それに斬ったと言っても殺したわけではなく、賊は皆生け捕りにされているし、だいたい彼は今剣を持っていた手を持ち替えていたのに。

アメリアは緩く首を横に振り、そしてそれに応えるかのようにセドリックの胸に額を付けた。
「すまない、怖い目に合わせて…。本当にすまない。だが、無事でよかった…」

セドリックの声は掠れていた。
暗くて見えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。
アメリアは彼の胸に頬を寄せたまま、小さく頷いて見せた。
セドリックはさらにアメリアを強く抱きしめ、ゆっくりと馬を進める。
そこにサラトガ騎士団が続き、縄で繋がれた賊たちも続いている。

何故ここにセドリックが来たのか、そもそも何故アメリアは拉致されたのか、疑問は限りなくある。
しかし今のアメリアはただ、セドリックのあたたかい胸に包まれ、馬の心地よい揺れに身を預けるのだった。

◇◇◇

「エイミー…」

森を抜けたところで待機していた集団の中から、呟くような声が聞こえてきた。
暗闇の中目を凝らせば、何故か馬に跨った国王クラークの姿がある。

「エイミー!」
クラークは馬から飛び降り、アメリアの方に駆け寄ってきた。

(国王であるお兄様まで…)
アメリアは一瞬戸惑ったが、駆け寄るクラークを見てセドリックはアメリアを馬からおろしてくれた。

「エイミー!よかった!無事でよかった!」
クラークは周囲を気にすることもなくアメリアを思い切り抱きしめる。

これが王宮の中だったりしたらまたアメリア情婦説が再燃するのだろうが、ここは王都から遠く離れたサラトガ領の山中であり、周囲には国王の近衛騎士とサラトガ騎士団しかいない。

「…陛下…」
クラークに抱きしめられ、アメリアはその腕の中から兄の顔を見上げた。
兄は顔をぐしゃぐしゃにするほど涙を流し、アメリアの無事を喜んでいる。
「陛下…。ごめんなさい、心配させて。ごめんなさい…」

いつもの理性的なアメリアなら、この後の展開を恐れて国王に抱きつくなどということはしないだろう。
だが、今のアメリアは1人のただの妹に戻っていた。
自分の身を案じ無事を喜ぶ兄の姿を見て、素直に抱きしめ返したのである。
「お兄様」と呼ばなかったことだけが、少しだけ理性が働いていたとも言える。

いつまでもアメリアを抱きしめていたクラークをセドリックが引き剥がした。
「アメリアは疲れているので早々に引きあげましょう」
そう言うセドリックにクラークは不満そうだったが、アメリアが疲れ果てているのは本当である。

クラークが体を放すと即座にセドリックはアメリアを抱き上げ、馬に乗せた。
その後ろに自分も跨る。

「陛下もどうぞ我が邸へお戻りを。とにかく今はアメリアの治療を優先したく思います」
不敬にもセドリックは国王の前で馬に跨り手綱を握ると、
「ではお先に。御前失礼」
とばかりに颯爽と身を翻した。

とても国王に対する態度ではないが、クラークはそんな義弟を笑って見送った。
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