さげわたし

凛江

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第九章 それぞれの想い

公爵夫人として①

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一方、夫と兄の出立しゅったつを見送れなかったアメリアは、2人とその兵たちの無事を朝夕祈り続けていた。
救出された翌朝目覚めた時は、もう2人の姿はなかったのだ。

心身ともに疲れきっているアメリアを気遣ってのこととは理解しているが、せめて、顔を見て見送りたかったと思う。

結局事件についても何も話さないままセドリックが発ってしまったので、あらかたのことは留守を預かるマイロから説明を受けた。
マイロ誘拐も、その後義母…前公爵夫人に接触したのも、そしてアメリアを拉致したのも、黒幕はソルベンティア王なのではないかと。

マイロは今回の拉致について、アメリアに心からの謝罪を述べた。
前公爵夫人がここまで増長したのは自分のせいであると。

その上で、前公爵夫人は彼女の実家である男爵家の領地に送られることになったと話した。
今後一切サラトガ公爵家に関わることは許されず、男爵家の監視付きの生活になる。

クラーク王は前公爵夫人を王都に送って牢に繋ごうとしたようだが、セドリックが温情を求めて頭を下げたという。
アメリアを傷つけた義母は、セドリックにとっても到底許せる相手ではない。
しかし、マイロとイブリンにとっては実母であり、また、全ては義母を放置した自分の責任であると話したらしい。

「母のせいで拉致された義姉上からすれば罰にもならないほど軽い処分と思われるでしょうが、事実上監禁であり、母が陽の光の下を歩くことは金輪際無いでしょう。もちろん、今後絶対義姉上の目に触れさせないこともお約束します。どうか、許していただけないでしょうか」

深々と頭を下げるマイロを前に、アメリアは「とんでもない」とばかりに慌てた。
元より、義母を責める気持ちなどない。
マイロを助けたい一心で拉致犯の提案を受け入れた義母の行動は当然だとさえ思うから。

そして公女イブリンは、王都にある全寮制の学園に入学させようと、セドリックとマイロの間で話し合いがついているらしい。
ランドル王国で一番厳しいと評判の学園である。
そこで淑女としての教育を受け成長したら、縁組を探すということだ。

「母も妹も去り、サラトガ公爵家の女主人は義姉上だけになります。どうぞ義姉上、自信を持って兄上の隣に立ってください」
マイロがそう話すのを、アメリアは曖昧な笑みで応えた。

事件後わずか2日間休んだだけで、アメリアは夜間学校を再開した。
自分は自分のなすべきことをしようと思ったのだ。

『シオン先生』は戻って来ないし大人の生徒の中には出征した者もいるが、アメリアは残った生徒と教師だけで、授業を再開したのだった。

◇◇◇

ランドル王国軍がサラトガ邸を発って1週間余り。
ハッベル大公軍を撃破し、さらに王都へ向かって進軍している味方の様子を聞き、アメリアは安堵していた。

「閣下率いるサラトガ騎士団はハッベル大公城攻めの先鋒を賜り、華々しい活躍を見せたようですね」
カリナがそう得意げに話すのを、アメリアは静かに微笑んで聞いた。

しかし、いくら味方の優勢とは言っても全く被害が無いわけではない。
戦で命を落とした者や傷を負った者が戻されてくるのを耳にするたび、アメリアは胸が潰れる思いであった。

アメリアが教鞭をとる夜間学校の生徒の中にも、過去の戦で親を亡くした子どもはいる。
夜間学校を開くきっかけになったジャンも、父親を戦で亡くしていた。

しかしジャンも他の子どもたちもそれを恨むでもなく、自分の父親が隣国の侵攻を食い止めた一助になったことを、誇りに思っているようだ。
領民たちは領地と国を守るために、進んで戦っているのだ。

そして、サラトガ公爵セドリックはそんな子どもたちの憧れであり、文字通り英雄なのだった。
今回の戦でも、きっと勝って帰って来ると皆信じている。
だからランドル王国軍が順調に進軍し、しかもサラトガ騎士団が活躍しているという報せは、サラトガ領民たちにさらなる活気を与えていた。
皆国のために戦ってくれている兵たちに負けじと、懸命に働き、学んでいるのだ。

アメリアもまた、留守を預かる身として励んではいた。
元より贅沢な生活などしてはいなかったが、さらに節制し、なんとか闘いに出た兵たちの力になりたいと考えた。

残念ながら家政に関わることを学んでこなかったアメリアはそちらで力になることは出来ない。
そこで考えたことが、公爵夫人の予算として充てられた金を兵たちのために役立てることだった。

アメリアはトマスに指示して、兵糧と医薬品を買って戦地に送らせることにした。
今回は国王も参戦したためもちろん兵糧や医薬品が足りてないわけはなかったが、いくらあっても困るものではない。

国境のノートン領にある野戦病院には負傷した兵士たちが送られ、治療を受けていると聞く。
また、戦地のあちこちに、病院まで送られることも出来ないままの傷病兵がいることだろう。
戦とは、勝っていたとしてもそういうものなのだ。

サラトガ騎士団に夫や兄弟を持つ婦女子たちの中には、自ら志願して看護団に加わる者もいると聞く。
待つだけではなく、自らも国の一助を担いたいという思いからだろう。

夜間学校に登校してくる者も、激減していた。
ほとんどが出征した者、留守を預かる者なのだから当然だろう。
わずか数人の生徒の顔を見ながら、アメリアは思う。

(私はこうして、ぬくぬくと安全な場所に隠れているだけでいいの?)

皆、ランドル王国の、サラトガ騎士団の勝利を信じ、自分に出来ることをして一生懸命生きている。
親を亡くし、夫を亡くし、それでも辛いのを我慢して笑い、頑張って生きているのだ。
それなのに、自分は。

アメリアは、どうしても自分は偽善者であるという思いが拭えない。

実の両親の醜聞を秘して欲しいと願ったのは自分なのに、そのために自分が盾になろうと願ったのに、実際悪評に塗れてみれば怖くて仕方なかった。

悪評ある自分が表面に出るのは、陛下や閣下のためにならないなどと思ってもきたが、それは言い訳に過ぎない。

本当は、自分に向けられる蔑みの目が、罵詈雑言が、怖くて仕方なかったのだ。

だから、領民の目を避けて暮らしてきたし、身分を偽り、さも仲間になったような顔で皆と交流してきた。
公爵夫人としての責務も全て放棄してきた。

でも、皆の辛さや痛みから比べれば、なんでもないことではないのだろうか。

自分はこうして、いつまで逃げる気でいるのだろう。

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