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……

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 「透……ごめんなさい……」

 泉が目の前で泣きながら頭を下げる。

 「……泉っ、オレっ!!」

 思わず抱きしめようとしたが泉に腕を振り払われてしまった。

 「透に家族を作ってあげたかったのに、役に立てなくって……ごめん……なさっ……」

 そばに寄ろうとするが嫌がられてしまい、もどかしい気持ちだけが空回りする。

 


 泉と一緒に不妊検査を行った結果、オレは子供ができにくいと言われ、泉の方は恐らく妊娠は……難しいかもと言う結果が出た。

 その結果が出るなり黙ってしまった泉と家に帰ってきたところだった。




 「透……別れようっ。その準備……できてるんでしょ……」

 泉は赤い目のままふっと微笑んだ。

 「オレっ……そんなつもりじゃ……」

 そう言いかけて言葉に詰まる。

 自分に不妊の原因があるのなら一緒にいない方が相手のため……そう思って家を出る準備をしていた。

 まさか泉の方にも原因があるなんて思ってもみなかった。

 

 「……でもこの家には透が住んで。私……実家に帰れるから。透はこの家で……すずしろと……新しい奥さん……探してっ……」

 そう言いながら泉はそっとペアリングを外した。

 「ちょっと、いずみ!!」

 側に寄ろうとすると泉はビクリとし
た。

 「私は……何も要らないから……透のいいように……この家も好きにしていいから……」

 そう言いながらフラフラと玄関に向かおうとする泉を何とか抱きしめる。

 「イヤっ!お願いだから離してっ!!」

 「いずみっ!!違うんだってば!!」

 オレの腕を振り切って外に出ようとする泉を抱き抑えて落ち着かせようとするが泉はますます暴れてしまう。

 「ちょっと待ってよいずみっ!!」

 玄関先でそんなことをしていたら隣にまで声は聞こえていたらしく、真実と浅川さんの声が外から聞こえた。

 「水野さんどうしたのよ、大丈夫?」

 「透!開けるぞっ!」

 




 浅川さんに抱きつきながら泣きじゃくる泉を見つめる。

 ……こんなつもりじゃなかったのに……

 自分のした事で泉を責める事になっていた。

 こんなにそばにいるのに……

 「水野さん少し預かるから……」

 浅川さんがそう言いながら泉の肩を撫でる。

 浅川さんは少なからず何かを知っているようだ。

 「二人とも少し落ち着いた方がいい。泉のことは唯に任せておけよ。
 
 真実がそう言いながらオレの肩を叩いた。

 「浅川さん……少しだけ……泉のこと任せていい?」

 浅川さんは微笑んでくれた。

 「当たり前でしょ。なんなら一生水野さんのこと任せてくれてもいいわよ★」

 「……ありがとう」

 浅川さんに抱きつく泉の背中を見る。
 
 このまま何も伝えずに去ることはできなかった。

 「……いずみ、本当にごめん。オレっ……」

 「……何も聞きたくないっ……」

 泉は首を振り浅川さんの胸に顔を埋めた。

 浅川さんと泉が真実達の家に入って行くのを見送る。

 ……泉を傷つけてしまった

 何も考えられずに立ち尽くす。




 ★



 「真実、お茶どうぞ……」

 冷たいお茶をグラスに入れて真実の前に置く。

 「ああ、悪いな……」

 真実は机の上に置いてあった診断書を手に取り眺める。

 「……真実……迷惑掛けちゃってごめん」

 眉間に皺を寄せながら診断書を見ていた真実は顔を上げる。

 「それで、透はどうしたいんだよ。やっぱり泉と別れるのか?」

 「……そんなワケ無いよ。オレ……泉には赤ちゃん産んで欲しかったから別れようと思ったんだから……」

 ……泉と別れても妊娠するのが難しいのならこの先も一緒にいてもいいはずだ。

 「赦してくれるなら……オレは泉の側にいたい……」

 そう言うと真実は診断書をそっと封筒にしまった。

 「そろそろ迎えに行くか。泉も落ち着いただろうし余り時間を置かないほうがいい」

 真実はそう言いながら立ち上がった。

 泉に謝らなくては、そう思いながら真実の後に続く。

 


 
 「ただいま……泉落ち着いたか?」

 真実はそう言いながら家に入って行く。

 「おじゃまします……」

 一応そう言ってから真実達の家に足を踏み入れる。

 「シンジ、透クンも……」

 浅川さんが少し不安そうな顔で脱衣所の前に立っていた。

 「いずみは?洗面所?」

 「顔洗いたいって言うからタオル渡して少しそばを離れたんだけど……」

 浅川さんは脱衣所のドアを開けようとするが中からカギを掛けたのかドアが開かない。

 「水野さん、大丈夫?」

 浅川さんは声を掛けるが返事はない。

 「いずみ!おいっ!!開けろよお前人のうちで!!」

 真実はやや強めの声を出して呼びかける。

 ……しかしやはり返事はなかった。

 「……くそっ!!」

 オレも泉に声を掛けようとした瞬間真実が突然ドアに向かって体当たりを始める。

 「シンジ?」

 二度、三度目にドアの鍵部分が壊れたのか勢いよくドアが開き、真実が脱衣所に転がり込む。

 そのままの勢いで浴室のドアを開けた。

 泉が風呂場の浴槽の前で座り込んでいる。

 「お前ふざけんなよ!!」

 真実はそう言うなり泉の側に駆け寄り、腕を掴んだ。

 「っ!!」

 真実に腕を掴まれ泉が持っていた何かを床に落とす。

 なんだろうと思いながら床を見つめる。

 どこから持ち出したのか、果物ナイフだった。

 何のために……視線を上げると真実に掴まれている手とは反対側の手首の辺りをほんのり赤い血で染めている泉……

 手首を切ろうとしたのか?

 それを見た瞬間に心の奥底が凍りついていくのが分かった。

 ……ああ、そこまで泉を追い詰めてしまっていたのか……

 目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。



 「もうっ、何のために生きていればいいのか分からないの……お願い、好きにさせて……」

 真実に腕を掴まれたままの泉がぼそっとつぶやく。

 真実の足元で泣き崩れた泉の泣き声を聞きながらオレは泉のすぐ側にしゃがみ込んだ。

 泉が落としたナイフを拾う。

 ……泉にこんな選択をさせてしまうようなことをしたのは自分だ。

 「泉……オレも……泉がいなくなったら生きていく理由なんてないんだ。泉がそうしたいって言うんならその前にオレが先に……」

 泣き腫らした顔で泉が振り返った。

 「あっ!!透お前っ!!」

 真実の驚いたような顔も浅川さんの怒鳴る声も耳に入らなかった。

 早かれ遅かれそうしようとは決めていた。

 手段までは決めていなかったが、泉の側にいられないのならもう生きている必要もない。

 手に握ったものを見つめる。
 ナイフの先が少し血に染まっているのはおそらく泉のものだろう。

 泉の血液がオレの中に入ったら、もっと近くに感じられるのだろうか?


 
 昔何度か酔ったおじさんに刃物を突きつけられたことがあった。

 あの頃は怖くて怖くて仕方なかったが……

 思えば早くこうしておけばよかったのかもしれない。

 もっと早くにこうしておけば泉をこんなに傷付けることもなかったはずだ。

 「とおるっ!?」

 ……これで楽になれるのかな……

 そう思った。




 小さい頃、生き続けることは正直地獄だった。

 泉と真実と出会えたからこそ楽しいことや嬉しいことを知ることができた。

 でも同時にいつかこの幸せが失われてしまうことが恐ろしく怖くなった。

 今の自分が笑っていることは過去の自分を裏切っている事のように思えたし、この幸せが一生続くことなんてあるはずもないことを識っていた。

 

 ……この恐怖を背負い続けるなんて……

 もう終わりにしたい……

 手に握った小さなナイフに思い切り力を込める。

 ……これで最後だ。

 その切っ先を自分に向ける。

 鈍い光を放つその切っ先は酷く魅力的に思えた。




 
 

 
 
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