新訳 Death-Drive

千鳥

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第1部

第9話 異海

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少しの時間が経過し、ノアムとオズワルドは、滅茶苦茶になってしまった裏路地から反対にある河川沿いの街道に立ち並んでいる。
「現場から離れて正解だったな…コロニーの警察部隊がぞろぞろと現れたぞ。」
オズワルドが煙草に火をつけながら言った。

「これじゃ調査どころじゃないんじゃないか。」
と、ノアムは水面を見つめながら言った。

「いや、これくらい騒がしい方がいいだろう…。」
オズワルドは、煙草をぽいと川に捨てた。

「そうだなオズワルド…どのみち戦闘を避けることはできなかった。」
ディエゴが歩いてきた。その後ろにミリアもいる。
「トラックを隠してきた。」
ディエゴは親指で後ろを指し示した。今は使われていない車庫の中で、トラックに布を被せて見つからないようにしている。

「これからどーすんだ?先の計画は考えてるか?」
とオズワルドは後頭部を掻きながら尋ねた。

「古物商 吟吟堂という店に行くつもりだ。」
ディエゴは言った。

「古物商??」
オズワルドの眉がひくりと上がった。

「そんな顔をするな。そこの店主は、元E社所属の人間だ。」
「この街の事情には誰よりも詳しい。エンペラーズについての情報も知っているだろう。アポは取っていないが、その店主とイヴァン博士は知り合いだ。きっと協力してくれる。」
ディエゴはブレスレットをかちゃかちゃ弄り回した。
「場所はここだ。」
彼がそう言うと同時に、3人のブレスレットにもデータが送信された。
エルドラドの中心部、円形都地区の片隅だ。地区の中心にはドームの天井から、地下にまで根を張るコロニーのコントロールタワーが聳え立ち(これは他のコロニーも同様である。しかしエルドラドは他より進んだ技術を有しており、コントロールセンターは200年経った今でも黒金色に輝いている。)、それを囲むように摩天楼が立ち並ぶ。
ノアムたちはモノレールに乗り、円形都地区を目指した。

ミリアは座席から、モノレールの外に目をやった。
「…綺麗。」
思わず窓に手を当て、外の景色に目を輝かせた。
都市のネオンと、そのネオンを覆うスモッグが幻想的な光景を生み出す。

ミリアの隣の座席にいたノアムは、彼女の横顔を見つめた。
「どうかしたの?ミリア。」
とノアムが言うと、ミリアはノアムを腕でがっしりと抱き寄せ、無理矢理ノアムの顔を窓に押し当てた。
「なにをっ…!」
ノアムはもがいた。恥ずかしがっているようにも見えるね。
「い…痛いよ、離して…。」
ノアムは本当は平気なのだが、そう言わずにはいられなかった。ミリアが力を込めれば込めるほど、ノアムは彼女の体温を感じ、彼女の香りに包まれ、彼女の柔らかい感触に触れる。
「ノアムがこっちをチラチラ見てきたから、見やすいようにしてあげてるんじゃない。今後の任務次第ではエルドラドの夜景を見る機会はずっと先になるかもしれないよ?」
ミリアははにかみの表情を見せそう言った。
「ちが…見たかったわけじゃ…。」
ノアムはミリアの腕を引き剥がそうと動いた。その音は彼が思った以上に大きかったようで、後ろの席に座っていたディエゴは前屈みになって2人に声をかけようとした。
「お前ら、今は真夜中だからいいが、他の乗客だって…」
そう言い切る前に、オズワルドがディエゴの肩に手を置いて話を止めた。
「俺たちだけだぜ。」
と。彼は微笑んでいた。
オズワルドの表情は、兄が弟たちを見守るかのようにも見えたね。いや、実際そうなのかもしれない。
「…は、仕方ないな。」
ディエゴもオズワルドの意図を汲んだのか、姿勢を戻し窓を眺めた。

車内にはしばらくの静寂が訪れた。

「…ミリア。はじめて会ったとき、一緒にこの夜景を眺めることになるとは思わなかったよな。」
ノアムは口を開いた…。彼の顔を間近でミリアにはそれがとてもゆっくりに見えた。ノアムも景観に目を輝かせていた。
「出会わなければ、この景色を見ても何も感じなかったかも…すごく綺麗だって気付かなかった。」
ノアムははじめて、ミリアの前で満面の笑みを見せた。

モノレールは停車し、終点…円形都地区に到達したことを告げるアナウンスが車内に響いた。

「…行きましょう。」
ミリアが先陣を切り、第六遠征隊は古物商 吟吟堂へ向かった。

薄暗い路地を通ったその先には階段があり、薄暗いトンネルに繋がっている。コロニーの下水道だろうか。
「行こう。」
トンネルに入ると、奥からかすかにランタンの光が見えた。この先が古物商、吟吟堂だ。

ミリアは吟吟堂の扉を開いた。すると鈴が鳴った。
店の中はかなり広いが、骨董品の数はかなり少なかった。
「ダグレさん…ですよね。E社の第六遠征隊です。」

名を呼ばれた吟吟堂の店主 ダグレは、耳に手を当て、その後手を机に運ぶと、振り返ってミリアたちを見た。そして柔らかそうなソファから立ち上がって彼女らのもとへ足を運んだ。
「表札を見てわからないか?店は閉まってるんだ。こんな時間に押しかけて、それに…今ラジオを聴いてたんだよ…」
店主は中老の男性だ。白髪が混じった髪をかきあげ、顎髭を蓄えている。

「ああ…その、ごめんなさい。でも緊急なんです。あなたの助けが必要です。」
ミリアはそうして、店主をなだめようとした。

「やなこった。E社の連中に力を貸せって?俺にそんな義理はないね。話を聞いてやる気もない。」
ダグレはため息をこぼした。腕を組み、頑固な姿勢を崩さない。

「ダグレ、俺たちはE社の犬じゃない。遠征隊だ。」
ディエゴがミリアの前に立った。萎縮しているミリアを、庇っているのかもしれないね。
「デイビッドさんからあんたを頼るように言われた。うちのミリアは、どうしてもあんたの助けが必要だ。」

「もし助けてやるとして、なぜ俺がお前らを…いや、そこの小娘を助けにゃならんのだ…。」
ダグレはミリアを見つめた。

「私…父を探しているんです…。あなたは手がかりになる情報を持っているとイヴァン博士から聞きました。あと少しなんです。」

「デイビッドの野郎がなんだってんだ。俺はあいつが…E社が嫌いだ。」

「お願いします…」
ミリアの目は潤んでいた。体も震えていたし、この調子では立っていられないんじゃないかというほどだった。

「…お前ら皆してそんな目で俺を見つめるな、まるで俺が悪者みたいじゃねえか。」
ダグレはミリアの仲間である3人からの視線に気付いて、少し気圧された。
「お前の親父さんの名前は…?」

「…シャルルです。シャルル・フィーリー。ネクタル社の…」
「待て!今… フィーリーと言ったか!」
「はい…。」
「…奥へ来い、狭い部屋だから仲間は1人…そこのにいちゃんでいい。とにかく話してやる。」
ミリアは目を輝かせた。
「ありがとうございます…!」
ミリアとディエゴは、ダグレに続いて店の奥に行った。
残されたノアムとオズワルドの2人は…ふかふかのソファに腰掛け…何をするというわけでもなく、ミリアたちが戻るのを待った。

「俺たちは蚊帳の外かよ、なあ?」
オズワルドは足を組んだ。ラジオを点けると、コロニーのPAシステムからアナウンスが鳴り響いた。懲戒令が発動され、民間人は外出禁止とされている。数時間前のノアムたちとフィクサーの戦闘の影響だろう。
「あー…夜が明けるとますます離脱しづらくなるな。早いとこ終わればいいが。」
オズワルドはぼやいた。
「…なあノアム。」

「どうかした?」

「お前とミリアって本当に似ているよな…まるで実の兄妹だ。」

「…そうだな、ミリアは妹に似てるんだ。だから助けた。後悔はしたくなかったんだ。」
ノアムは俯き、拳を強く握った。


「ミリアのこと…どう思う?真面目な話。ミリアの存在がさ…妹の代わりとして…お前の心の慰めになっているのかな。」

「いや…妹の"代わり"なんて、この世のどこにだって居やしないよ…セナはただ一人の存在だ。今も変わらない。」
ノアムの目が、少し潤んだ。
「でも…ミリアを助けたあのときは…少しだけもしもに期待したのかもしれない。死んだはずの妹が…今も俺の隣に居てくれたらって…」
ノアムは顔を上げ、オズワルドを真剣な目で見つめた。
「でも…俺は、あの人がミリアだから、共に戦っているんだ。」

「…やっぱお前ら、いいな。」
オズワルドはノアムから顔を逸らした。照れ隠しかもしれないね。
「俺があのとき…あんたらの仲間になる道を選んだのは…」
オズワルドがそう言いかけると、店のドアが勢いよく開き、鈴の音がした。
ペンギンの刺繍が縫い付けられたシャツを着た2人の暴漢がバットを振り回して叫んだ。
「ダグレ!よくもウチの手先をボコボコにしてくれたじゃねえか!エエーッ!?出てこいよ、てめえもボコボコにして店をおしまいにしてやるからよォーッ!!」
「アニキ、その脅し文句じゃ店を無茶苦茶にされないようずっと身を隠すんじゃあ…」
「アホか!!出てこなくてもしまいにするに決まってんだろーッ!!ほんとは破壊すんのを見せつけるつもりだったが、お前がそういうから今すぐ暴れるしかなくなったぜ!!」
2人の暴漢は店の壺を割ったり、バットを振り下ろして机や椅子といったものを砕いたりした。

「決着がつく前に先に言っておこう。てめえら、おとといきやがれ。」
オズワルドが低い声でそう言うと、ハイウェイマンのドロドロの腹部から生えてきた突撃銃を引き抜いた。
「悪いけど、今は閉店なんでなぁ。お前らはお呼びじゃないぜ!!」
オズワルドはすぐ手前にいた暴漢を、突撃銃をバットのようにスイングし叩き伏せた。

「アニキ!!」
暴漢は腰を抜かし、尻餅をついた。

「おらよっ!!」
オズワルドは、叩き伏せた暴漢を蹴り上げ、もう1人の暴漢に向けて空中でシュートした。
暴漢たちは瞬く間にオズワルドに制圧されてしまった。
「一丁上がりだな。」

「おい、こいつら…。」
ノアムが暴漢の袖を千切った。
ペンギンの刺繍に、エンペラーズと入っている。
「…間違いない、きっとこいつらが。」

「こんな軟弱な奴らが、ねえ…爆薬はともかく、実行犯の一党だとは思えねえな。」
オズワルドは服の埃を払った。


店の奥で机を囲っていたダグレは、大きな音を聞くと部屋を飛び出そうとしていたが、ディエゴの止められていた。
「俺たちが出るまでもないだろうさ。あの2人はうちの精鋭なんだぞ?」
ディエゴはにやけた。
「さあダグレ。お前…さっき話した情報よりもっと有益なことを知っているだろ。」

「なんのことだ…?俺を揶揄っているのか?」

「これ。蛇をあしらった銀細工か。美しい…」

ディエゴが蛇の銀細工を見せると、ダグレの顔色が変わった。
「クソ……迂闊だったよ。俺の欠点だ、物をその辺に置きっぱなしにするのは。そいつは売りもんじゃないってのはまあわかっているだろうな。交渉材料か…。」

「ああ、その通り。」
ディエゴは写真を机の上に出した。
「ある評議員が、これと同じものを持っていた。そいつは虚無の使徒のテロ活動に加担したらしい。」

「何が言いたい。」

「お前もその議員と同じ組織…蛇の結社に所属していただろう。」
ディエゴは銀細工をダグレに渡した。
「だがお前は離反した。そうだろ?」

「は…それがどうしたってんだ。確かに俺は…そうさ、お前の言う通りだよ。」

「ダグレさん。うちの隊員は…俺も蛇の結社を倒そうと考えてる。」
ディエゴはダグレの手を握った。
「さっき聞いたエンペラーズは遠回りな手がかりでしかない。俺が探しているのは近道だ、大至急助け出さなきゃならん男がいるのでな。蛇の結社について…元構成員のあんたなら全てを言えるはずだ…言いな、あんたのしがらみを全て破壊してやるよ。」

「はっ…ははは… 若いな…だがいいだろう。」
ダグレはもう片方の手で、ディエゴの手を包んだ。
「私はオーディン、200年人間社会に潜伏してきた人型のイドだ。」
ダグレは自身の手のひらをナイフで深く斬りつけた。
傷口からは血液ではなく、黒い液体が垂れ流れた。
「そして、蛇の結社の中枢にいるのは私と同じ。200年以上コロニー社会の裏で暗躍してきた非人間の悪魔たちだ。」

「ふ…オーディン…いやダグレ!信じよう…だが気になることがある…」
「なぜあんたはあの人イヴァン博士を嫌っていた?」

「…複雑でな。こればかりは言えんよ。」

「もう1つ、だ。」
ディエゴは指を立てた。
「シャルルさんとは知り合いなのか?」

「ああ。俺が懇意にしていたのは彼の母…つまり嬢ちゃんの…名前はなんだっけ?」

「あ…ミリアです。」

「ミリア嬢ちゃんの祖母だ。私は彼女に大きな恩がある。だからシャルルを見守るために今の身分を拝借したのだが…」
ダグレは頬を指先で撫でた。
「まあ、結果は…見ての通り、このザマさ…。」

「あの…ダグレさん…。」
ミリアは拳をギュッと握った。
「私…必ずお父さんを見つけます。だから、ダグレさんは過去に囚われず、前を向いてください。」

「ありがとなァ…嬢ちゃん。こうしてあの坊やの娘が俺の目の前に来たのも、何かの運命かね…。」
ダグレは目元を擦った。
「そうだ、嬢ちゃん…遠征隊ってこたESは使えるんだろう?イドとの戦闘経験はあるかい…?特にダンジョンマスターのタイプね。」

「は、はい…何度か。」

「話が早いな。俺を含め、蛇の結社の中心人物は“牙”ってんだが…全員人型のイドだし、全員ダンジョンマスターだ。覚えておけ。特に、ロキってえのがいるんだが…そいつには気をつけろ。」
ダグレは席を立った。
そして棚からメモリカードを取り出し、机に置いた。
「このチップからダウンロードできるファイルを読んでくれ、大昔に俺が打倒結社のために作ったものだ。さっき話したこと…話しきれなかったこと、全て詰まっている。」
「それと今日は…その…来てくれてありがとう。邪険にしてすまなかったな…結社には付け狙われてるし、酔っ払って街のチンピラに喧嘩をふっかけてるしで、敵も多いんだ。」

「いえ、こちらこそすみません…こんな遅くに。」

「気にするな、私は生物ではないので眠る必要がない。」
ダグレはにかっと笑った。
「最後に一つ。敵の気配がするので、帰りは慎重にな。」



ミリアたちは店を後にした。微かに見えるネオンを目指してトンネルを抜けると、空が明るくなっているのがドームのガラスから見えた。円形都地区から出るモノレールに乗った一行は、そこで情報を共有した。

(確実に前進している。もうすぐだぞ、ミリア。)
と、ディエゴは心の中でこう綴った。

やがて宙吊りのモノレールは、突然停車。
車内は揺れ、アナウンスが鳴り響いた。
「ダンジョンに到着しました。ダまジョン到に着しンた。」
鉄の扉が開き、水が浸水した。
ノアムは席を立って叫んだ。
「これは…海だ!海のダンジョンにモノレールごと閉じ込められている!!全員モノレールから出ろーッ!どこかにイドが潜んでいる!!」

遠征隊の他に居合わせた者たちはパニックになり、出口に群がった。すると誰も出ることができなくなってしまった。

「切り裂きジャック!!」
ノアムが叫ぶや否やモノレールの壁面から天井は綺麗にカッティングされ、遠征隊は難なく車内から脱出した。
遠征隊はモノレールの上に立ち、周囲を見渡した。
暗雲が立ち込める大海原のど真ん中(彼らは皆、海を言伝でしか知らないが)で、今にも嵐がやってくる予感がした。

「モノレールの上にあがるのはいい判断だった。あの乗客たちのように行っては波に飲まれてたろうな。」
ディエゴはほっとため息をついて言った。
「さて、ダンジョンには必ず脱出条件、あるいはダンジョンを決壊させる条件がある。だがこれは…どうしたものかな。」
ディエゴが言ったこの法則は22年前、第二遠征隊が実証済みだ。大抵はダンジョンごとに必ず時空の歪みが存在し、そこから脱出をする。ダンジョンを決壊させるには、ダンジョンの主を倒しその活動を終了させること…
しかし彼らが今いるこの大海原ダンジョンでは、そうしたものが見当たらない…。
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