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第十二話
しおりを挟むシスターがアリシアに対して深々と頭を下げる
「お貴族様。なんとお言葉を返せば良いか……」
「礼はいらない」
「いいえ。礼ではありません。これは懺悔……」
「私に懺悔した所で何も解決しない」
神に祈るならまだしも、アリシアに祈ったところで何にもならない。
それでも、とシスターは止らない。
手を組み、祈っているように見えるが、どうにもアリシアには、それが祈りよりも赦しを請うているようにしか見えない。
「我々は孤児院とは名ばかりの人身売買施設。孤児を死なせないために運営しているのに、生きていくために孤児を売る……大罪人なのです」
貴族の問題で、“個のために全を殺すか、全のために個を殺すか”という問いがある。
たった一人のために全員を殺すくらいなら、一人を犠牲にして全を生かそうという考え方である。
特に資金の取り決めや、職人たちの懐事情、兵士たちの雇用などの問題で色濃く出てくる話だ。
アリシアにとって、あまり好きな話題ではない。
なぜならば、アリシアは全てを手に入れるからだ。
とはいえ一般人はアリシアのようにはいかないだろう。
「お前は間違ってはいない。非情になれなければ全員が死ぬ」
アリシアは自分ならば、どちらも犠牲にせず、どちらも手に入れただろうな、と誰にも真似出来ない思想を頭の中で浮かべていた。
アリシアが喋っているのに、「どっか行け」と手で押しのけてきたのは、ユリゼンだ。
「シスター、顔を挙げてくれ」
「ユリゼン……」
「オレらはあんたを恨んじゃいないさ。死んじまった奴もいるけれど……それ以上に救われた奴らもいる」
二人はどこか涙すら浮かべていた。
どのような境遇なのかは……嫌でも想像出来る。
借金に、孤児。
そして、カルデシア辺境伯によって殺し屋として育てられる。
彼らは生まれながらにして、多くの試練を経験しているのだろうか。
――気に入った。
「で、カネで買い取るという話はどうなった」
「だァあああああっっっ! あんたは黙ってろよ!」
アリシアの発言を遮るようにユリゼンが地団駄を踏んだ。
空気を読め、後ろに引っ込んでいろ。
そう言われた気がしたが、こちらは大事な商談話の最中だ。
「金銭を立て替えて貰っても、我らは貴女様にお金を返せません。時間を掛けて必ずや返しますので、どうか今暫くお待ちを……」
「ユリゼンの働きに対する前払いだ」
「なるほどね! 外堀を埋めるのね! あーチクショウもう!」
ユリゼンは両手で顔を覆い、疲れたと言わんばかりに地面に座りこんだ。
これで商談話に横やりが入らないというものだ。
「ヴェアトリー領であれば仕事もある。我がヴェアトリーとて孤児はいる。そこで働いて欲しい」
「…………」
「お前にはユリゼンを売って貰う。そして、相応の働きを我が領内でしてくれるのであれば、身の安全も、子ども達の将来も約束しよう」
はぁー? とガン飛ばしながら文句が聞こえてきたが、邪魔をしないで貰いたい。
シスターは逡巡した後、弱々しく語る。
「どうしてそこまで……わたくしのためですか? それとも何か裏があるのですか?」
「お前達のためじゃない。ユリゼンを配下に手に入れ、その上で我が領益に繋がる。ユリゼンを二度売ることなど、大したことないだろう」
今度は、「おお、怖い怖い」という声が。
レオンを睨み付けてやると、すぐにそっぽを向いて口笛を吹いた。
「ですが……彼はわたくしたちのためにこうして……辺境伯の下で頑張っていると……」
口をもごもごとさせている彼女は、どうやら相当迷っているらしい。
子どもを売ることに非情になりきれない、半端な優しさがあるようだ。
「今さら偽善ぶっても、売られた子どもたちは戻ってこないぞ」
「っ……!」
「お前に出来るのは、伯が求める人材を供給し続けるか。それとも、ユリゼンを売るか、だ」
シスターは相当ショックを受けたようで、俯いている。
時折、チラチラとウィストという少年を見ては、動揺を繰り返すばかり。
答えを出せない。
そんな決断力で、よく子どもを売ろうなどという発想に至ったわけだ。
「お前には、子どもを売るなど出来はしない」
「…………」
「だが安心するがいい。ユリゼンがお前の憂いになることはない」
「……と、言いますと?」
「私の下でいる限り、この男は死にはしない」
だから、とアリシアは指を二本立ててみせる。
「子ども達を次々売り飛ばし、辺境伯の下で殺すか。それともユリゼンの身柄を売るだけで、子ども達を守るか。どちらを選べ」
「本当に、ユリゼンは死なないのですか?」
「もう一つ問おう。辺境伯はユリゼンの力の活かし方を知らない。いずれは死地へと向かうだろう」
「……あの方の下にいると、死ぬと?」
「そうだ。だから、ユリゼンと子ども達を殺すか。それとも両方を生かすか。どちらかを選べ」
そう分かりやすく説明すれば、決心のつかないシスターでも答えは一つになるだろう。
彼女は震えた口を開く。
「分かりました。ユリゼンを貴女様に売りましょう」
「シスター!?」
「契約成立だ。これでユリゼンも逃げられまい」
「ヴェアトリー候嬢! てめえ!」
またプンプンと地団駄を踏んでいるユリゼンに、レオンは「まあ落ち着けよ」と肩を組んだ。
「これでお前さんの所の大事な大事~な、孤児院の子どもたちが、殺し屋に育てられたり、借金のカタで連れて行かれたり、死んだりしなくていいんだぜ?」
そのまま彼は、「言うことが違うよなァ?」と囁くように告げる。
その言葉で、ユリゼンは「うっ」と呻いた。
「……ありがとう……ございました……」
とても嫌そうな感謝の言葉であった。
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