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第二十五話

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 アリシアたちは馬の足を止めて、一カ所に集まる。
 ヴェアトリーの兵士やアリシアは剣を抜いて、周りの畑を警戒を怠らないようにしていた。
 アリシアは馬から飛び降りると、周囲を見回しながらジリジリと足を運ぶ。

「今だ、やれ」

 アリシアでもレオンでも、ヴェアトリー兵士でもない、しわがれた声が聞こえてくる。
 火薬のニオイ。そして、焦げるニオイと焼ける音。
 破裂。そして、風を裂く音。
 アリシアは即座に剣を振り抜く。

 キンと、金属がぶつかる音が響き、真っ二つに割れた弾丸が地面に穿たれる。

「……厄介だな」

 なるほど、伏兵に装備させるとますます厄介さが増すのか、とアリシアは分析する。
 弓矢だと引き絞る都合上、こうはいくまい。
 呼吸を整え、敵がどのタイミングで動き出すか窺う。

 もう関係ないと言わんばかりに伏兵たちは姿を現した。
 その手には銃を持つ者、剣を持つ者と混在している。

「確かにこりゃやべェな」

 レオンも馬の上で汗を拭っている。
 囲まれている以上、アリシアたちには逃げにくく、また人数でも不利だ。

「やれやれ。銃弾を至極、当然のように剣で受け止めるとは、恐れ入る」

 そんな中、一人の老人が兵士に身体を支えられながら、立ち上がった。
 小麦畑から姿を現し、杖を携えたその老人は、鎧を着た男に支えられながらゆっくりと歩いてくる。
 その男をアリシアは睨めつける。

「メール伯か」

 随分とふてぶてしい笑い方をする老人に、アリシアは不快感を顕わにした。

「これはこれはヴェアトリー候嬢。ふん、我が農作物を略奪しに来たか。裏切り者め」

 不快感を表情に出しているのは、アリシアだけでなく、メール伯もであった。
 国家に仇をなす裏切り者め、と。
 アリシアは、顎を小さくしゃくる。メールの私兵に向けて、だ。

「私が略奪しに来たのは、そこのマスケット銃だ」

 食糧になど興味はない。
 この厄介な代物をどうにかしたいだけだ。
 メール伯は杖の石突きを何度も地面に突き刺している。イライラでもしているのだろうか。

「我々の新しい商売に干渉はやめてもらおうか」
「そうはいかない。バランに主導を握られたくはないからな」

 バラン公の名を出した途端、メール伯はレオンの方へと視線を滑らせた。

「通りでフォルカード公子がここに来ているワケか」

 レオンは何の話だ、と言わんばかりに手のひらを上に上げて、肩をすくめる。

「メールの親父さん。言ってる意味が分からないぜ」
「ワシがフォルカード家の失脚に追い込んだ。そのことの復讐をしに来たのだろう?」

 その話にレオンはぴくりと目蓋が動いた気がした。
 その突拍子のない話に、徐々に、徐々に、眉間に皺が寄っていく。

「……バラン公が噂を広めて、国王に告げ口したんじゃねェのかよ。親父が、次期国王の座を狙うために、国王の身内に毒を盛ったって」

 アリシアもその話はよく覚えている。
 なぜならば、父であるヴェアトリー候が言っていたのだ。
 バラン公によって、国王は全ての話を鵜呑みにして、フォルカード家は実質、没落に近い状態に追い込まれたのだと。
 アリシアがヴィクトールと婚約することになった際、剣を捨てる必要はないと言った背景には、この一連の出来事があったからだ。

「そうか。その反応を見るに、お前は何も知らなかったか。余計なことを言ってしまった。まあいい。どうせお前たちはここで死ぬのだからな」

 メール伯は自らの髭を触りながら、「ふぇっふぇっふぇっ」と笑い始めた。

「どうせ死ぬお前たちに教えておいてやろう。かつて、国王陛下の身内に次々と不幸が訪れることがあったな?」
「……それがどうしたよ」

「その原因はワシだよ」
「なっ……!」

 それが、フォルカード家の信頼が失墜する噂話だった。
 当時、国王陛下の身内が次々と病に伏した事件があったのだが、市井下で囁かれていた噂は、“フォルカード家の人間が、王家に返り咲くために毒物を盛ったのではないか”という話だ。
 その噂話以降、国王はある決定を下す。
 それが“中央集権制”の実施。
 有力諸侯に力を分散させ過ぎた国王が、貴族達の政治関与を弱め、国王が政治の中心として君臨出来るようにした。
 ……というのは建前だ。
 貴族達は自らの特権を失う中央集権制に反対するどころか、積極的に賛成をした。
 なぜならば、この中央集権制とは名ばかりのもので、内務卿フォルカード公爵から立場のほとんどを奪うためだけのモノであった。
 この中央集権制を国王に唆したのが、バラン公爵であったのだ。

 だがこの話とメール伯はどう繋がってくるのか。
 メール伯は気味の悪い笑顔を浮かべる。

「国王陛下の身内に毒物を盛ったのはこのワシだ」
「ジイさん、てめェ。アリシアが国家転覆だって言う前に、お前さんの方がよっぽど重罪人じゃねェか」
「それがどうした? 私はなんの処罰も受けていないぞ?」

 そんな事実が知れ渡れば、一族郎党末代まで国家の裏切り者として処罰されるほどだ。
 平然と言ってのけるメール伯は、顎に手を添えてくつくつと笑っている。

 徐々に。徐々にレオンはメール伯を睨み付ける目に力が宿っていく。
 手綱を握りしめる手にも、どことなく力がこもっているようだ。
 この老人はそのレオンの姿を見て、より楽しそうに笑い声を大きくする。

「ふぇっふぇっふぇっ。まあ、もうそのような事は些末な話だろう。お前達は死んで、ワシはカネを得る。お前達を多額のカネに変えてやろうではないか」

 薄気味悪い笑みを浮かべて、杖をアリシアたちに向けて来た。

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