文字の大きさ
大
中
小
17 / 19
第2章 琥珀哀歌
第1話 草原の都
「ふふん、そなたのご執心の梅香な、昨夜から俺のものになったからな」
「何だと!俺の女を取りやがって!」
酒家の広間では怒声が響き渡った――かと思うと、酒器や皿が派手に割れる音が続き、むさくるしげな男どもの取っ組み合いが埃を舞わせ、そして女たちの悲鳴が上がる。契丹人の武官の一人の腰には剣がさしてあるが、柄の先には蓮の彫られた琥珀が揺れている。
「……なんだなんだ、またあいつ等が女を取り合っているのか、武官だか何だか知らんが暇な連中だな」
「ふん、蛮族め……二日にあげず、あの騒ぎだ。おまけにいつも同じ女の名前が出てくるぞ。真ん中の二人が特にご執心らしい」
喧嘩騒ぎをよそ眼に見て、中庭を隔てた反対側では漢族の中年男二人がちびちびと酒をなめている。
「梅香だったか、どこかの妓楼の売れっ子かね」
「いや、それが違うんだよ。堅気の――ええと、後家さんとかいう奴だそうだ」
「後家さんかぁ。それにしてもすご腕の女だな、あの連中を手玉に取るんだから」
一人がのんびりしたような、うらやましいような声を出したところで、「もし」と声をかけてきた者たちがいる。「何だい」と中年男たちが振り向くと、その先にはやはり漢族の男二人。しかしこちらはというと、同性でも目を見開いてしまうほどに垢抜けした美男子たちで、ともに官服を着こんでいる。
「お尋ねするが、梅香というのはあのような争いの種になるほどの女性なのだろうか?」
聞かれたほうは肩をすくめた。
「いや、彼女については知りませんね。興味あんなさるのかい、お役人さま?」
「そこまで奪い合いになるとは、よほどの女性ではないかとね。この上京臨潢府は広いといっても、そこまで男心を掻き立てる女性はなかなかいるものではない」
文官の一人はそう答えると中年男に教示を謝し、もう一人を促してその場を離れた。彼ら粋な文官たちは目立たぬ隅の席に腰を下ろす。
「……この上京一の色男め、さっそく食指を動かしているな。もう色恋沙汰や火遊びはごめんだと、先日言ったばかりなのを忘れたのか?」
郭文雅が李朝慶の肘をつつけば、お返しに李は卓の下で郭の脛を軽く蹴り返す。
「そなたこそ、ひとたび街中を歩けば、衛玠が見殺されんばかりに人だかりがするくせに。で、その容貌を利用して、どれだけの女を泣かせてきた? それはともかく、私はただ、むくつけき契丹人どもの鼻を明かしてやりたいと思うだけさ。そなたこそ、謎の女性に興味津々といったところではないか?」
「まあ、それもあるが……いや、連中の一人、柄に琥珀を下げていた男がいただろう?」
「ふむ、いたかな?」
「名前を知っている、耶律牌という男さ。あ、いや、振り返らんほうがいいぞ、目が合うと厄介だからな。とにかくあいつの琥珀、見覚えがあってな。元の持ち主を知っていたからだと気が付いた」
「元の持ち主?」
「ああ、耶律牌に奪われたということだ。そなたも知っている、わが父の友人である劉将軍。気に入りの従卒とともに拙宅によくおいでくださるが、その従卒はあれと同じ形、同じ色の琥珀をやはり剣の柄から吊るしているのだ。石自体が素晴らしいものだし、何より珍しい形だったからよく覚えていたのだが、昨日の来訪の際は持っておらず、ふと気になって当人に聞いたのだよ」
郭はすっと眼を細める。
「それが、あれか……」
「そうだ。哀れな従卒は『母親の形見なのに……』とうつむいていた。何でも、呂に目をつけられて無理やり取り上げられたあげく、劉将軍に告げ口すれば家族ともどもひどい目に遭わせると脅されたそうだ」
「ひどいものだな」
「そうさ」
李は意地悪げな笑みを浮かべる。
「琥珀を取り返すことはできるかわからんが、一泡吹かせてやったら面白い。いい退屈しのぎになる、そうは思わんか?」
郭も負けじと、にっと口の端を上げる。
「そうだ、ただ寝取るのもつまらんから、どうせならそなたと私で競争しないか?どちらが先に例の女性を口説き落とすかで」
「何だと!俺の女を取りやがって!」
酒家の広間では怒声が響き渡った――かと思うと、酒器や皿が派手に割れる音が続き、むさくるしげな男どもの取っ組み合いが埃を舞わせ、そして女たちの悲鳴が上がる。契丹人の武官の一人の腰には剣がさしてあるが、柄の先には蓮の彫られた琥珀が揺れている。
「……なんだなんだ、またあいつ等が女を取り合っているのか、武官だか何だか知らんが暇な連中だな」
「ふん、蛮族め……二日にあげず、あの騒ぎだ。おまけにいつも同じ女の名前が出てくるぞ。真ん中の二人が特にご執心らしい」
喧嘩騒ぎをよそ眼に見て、中庭を隔てた反対側では漢族の中年男二人がちびちびと酒をなめている。
「梅香だったか、どこかの妓楼の売れっ子かね」
「いや、それが違うんだよ。堅気の――ええと、後家さんとかいう奴だそうだ」
「後家さんかぁ。それにしてもすご腕の女だな、あの連中を手玉に取るんだから」
一人がのんびりしたような、うらやましいような声を出したところで、「もし」と声をかけてきた者たちがいる。「何だい」と中年男たちが振り向くと、その先にはやはり漢族の男二人。しかしこちらはというと、同性でも目を見開いてしまうほどに垢抜けした美男子たちで、ともに官服を着こんでいる。
「お尋ねするが、梅香というのはあのような争いの種になるほどの女性なのだろうか?」
聞かれたほうは肩をすくめた。
「いや、彼女については知りませんね。興味あんなさるのかい、お役人さま?」
「そこまで奪い合いになるとは、よほどの女性ではないかとね。この上京臨潢府は広いといっても、そこまで男心を掻き立てる女性はなかなかいるものではない」
文官の一人はそう答えると中年男に教示を謝し、もう一人を促してその場を離れた。彼ら粋な文官たちは目立たぬ隅の席に腰を下ろす。
「……この上京一の色男め、さっそく食指を動かしているな。もう色恋沙汰や火遊びはごめんだと、先日言ったばかりなのを忘れたのか?」
郭文雅が李朝慶の肘をつつけば、お返しに李は卓の下で郭の脛を軽く蹴り返す。
「そなたこそ、ひとたび街中を歩けば、衛玠が見殺されんばかりに人だかりがするくせに。で、その容貌を利用して、どれだけの女を泣かせてきた? それはともかく、私はただ、むくつけき契丹人どもの鼻を明かしてやりたいと思うだけさ。そなたこそ、謎の女性に興味津々といったところではないか?」
「まあ、それもあるが……いや、連中の一人、柄に琥珀を下げていた男がいただろう?」
「ふむ、いたかな?」
「名前を知っている、耶律牌という男さ。あ、いや、振り返らんほうがいいぞ、目が合うと厄介だからな。とにかくあいつの琥珀、見覚えがあってな。元の持ち主を知っていたからだと気が付いた」
「元の持ち主?」
「ああ、耶律牌に奪われたということだ。そなたも知っている、わが父の友人である劉将軍。気に入りの従卒とともに拙宅によくおいでくださるが、その従卒はあれと同じ形、同じ色の琥珀をやはり剣の柄から吊るしているのだ。石自体が素晴らしいものだし、何より珍しい形だったからよく覚えていたのだが、昨日の来訪の際は持っておらず、ふと気になって当人に聞いたのだよ」
郭はすっと眼を細める。
「それが、あれか……」
「そうだ。哀れな従卒は『母親の形見なのに……』とうつむいていた。何でも、呂に目をつけられて無理やり取り上げられたあげく、劉将軍に告げ口すれば家族ともどもひどい目に遭わせると脅されたそうだ」
「ひどいものだな」
「そうさ」
李は意地悪げな笑みを浮かべる。
「琥珀を取り返すことはできるかわからんが、一泡吹かせてやったら面白い。いい退屈しのぎになる、そうは思わんか?」
郭も負けじと、にっと口の端を上げる。
「そうだ、ただ寝取るのもつまらんから、どうせならそなたと私で競争しないか?どちらが先に例の女性を口説き落とすかで」
感想 0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。