「曹丕」の検索結果
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三國志の天才軍師、賈詡(かく)。
彼は、暴君・董卓から始まり、曹操、そしてその息子・曹丕に至るまで数多の主君に仕え、その智謀で乱世を完璧に生き抜いた。
そして黄初四年(223年)、七十七歳で子や孫に看取られ、満足のうちに大往生を遂げた。
その知謀は、時に都を地獄に変える「毒」となり、主君を救う一方で、猜疑心と嫉妬を招き、数えきれないほどの死の運命を招いてきた 。
抵抗すれば殺され、逃げても殺され、正論を述べても、才気を見せても殺される 。
「―――ああ。また、ここからか」
毒士と呼ばれた男の願いは、もはや天下統一ではない。ただ一つ、「今度こそ寿命をまっとうすること」 。
これは、絶望的な死のループの中で、賈詡が自らの罪と向き合い、唯一の安寧を求めて歴史をやり直す、生存戦略の物語である。
文字数 51,213
最終更新日 2025.10.03
登録日 2025.09.08
刀は「帯びる」で反りは上向き、太刀は「佩く」で反りは下向き。
拳銃の両手撃ちは第一次、第二次世界大戦間にアメリカの警察機関で開発され第二次大戦後に普及したもの。それ以前拳銃は基本的に片手撃ちで米陸軍は1970年代末まで。陸上自衛隊も同様と思われる。
両手撃ちは負傷して利き腕が不自由になった時や、やむを得ず遠距離を狙うために利き腕を支える時など特別な場合に限られた。
幕末の坂本龍馬に拳銃を両手で握らせる射撃姿勢をとらさるのは時代考証的には正しくない。
劉備玄徳、諸葛亮孔明、関羽雲長――。などと姓+名+字で呼んだり書いたりすることは間違い。
劉備か劉玄徳、諸葛亮か諸葛孔明、関羽か関雲長――など、姓の次は名か字かにちゃんとわけないといけない。
もう20年くらい前から作家の田中芳樹が指摘しており、彼以外にも高島俊男や大森洋平といった中国文学者や時代考証の先生も指摘している。
曹丕の『典論論文』のなかに「今之文人、魯国孔融文挙、広陵陳琳孔璋、山陽王粲仲宣――」とあるが、これは例外というもの。
戦いの火蓋は切って落とされた!
これは「火蓋を切る」と「幕は切って落とされた」が混ざった誤用なので使ってはいけない。
火蓋とは火縄銃の点火孔を覆うスライド開閉式の蓋で、射撃準備時にこれを開ける動作を「きる」と表現するため、ここから「火蓋を切る」が戦いをはじめるという意味になった。
火蓋は一種の安全装置で銃の本体にネジ留めされているものであり、簡単に落ちるようなものではない。そんなにたやすく落ちてしまっては安全装置の機能を果たせず危険極まりない。
などなど――。
日頃見聞きして「なるほどな〜」となった事の覚書。
豆知識系の読み物としても楽しんでもらえたら幸いです。
文字数 106,624
最終更新日 2026.06.20
登録日 2025.07.19
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