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第二章 傾国の宴 腹黒王女編

百三十一~百八十日目のサイドストーリー

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【ビッグコッコ姐さん視点:百三十二日目】
 天を舞し偉大なる巨鶏。
 その傍流の傍流ではあるが、確かに我の中にはその血が流れている。
 その証拠として生まれつき他のビッグコッコを凌駕する知性と、圧倒する優れた体躯に俊敏性、弱いが麻痺効果を持つ硬い嘴と爪を備え、野を駆けるウルフすら我の前ではただの獲物でしかない。

 そして力を持つ者の周囲には、弱者が集まるものだ。
 ウルフさえ殺す我の周囲にはこの力に比例する様に、数多くの同類達が集まり、巨大な群れとなった。
 個としては我に劣る舎弟達も、数が揃えばウルフすら殺してみせる。
 我単体では難しい事だが、群となった我等は徐々に勢力圏を広げ、現在は縄張りを確立して久しい。

 この周囲一帯の主は、まさに我であった。

 故に、それを破壊せんと迫る鬼にも猛然と立ち向かった。
 ふらりと現れたかと思えば、即座に舎弟達を惨殺していく鬼に向けて。

 我は鳴いた。コケェェーッ!
 鳴いて、飛んだ。コケェェェーッ!!
 大空を舞ったという偉大なる巨鶏の様に。コッケッコォッコォォォオー!!

 そして飛んでいる我は、その嘴と爪で鬼を襲う寸前、振り下ろされた無慈悲の一撃によって叩き落とされた。
 ゴッ、と未体験の衝撃の後、柔い地面にめり込む身体。我ですら全く抗えぬ圧倒的な力が加えられたのだ。
 勝てぬ、一撃で地面に叩きつけられた瞬間、それを悟った。
 致命傷ではないが、即座に動く事は出来ないほどのダメージである。
 普通のビッグコッコならば、即座に絶命している程の衝撃だ。

 ああ、我は死ぬのか。
 殺されてしまった舎弟共の様に、食われてしまうのか。
 悔しさはあるが、しかしそれも世界の定め。
 弱肉強食、弱きが死、強きが喰らう絶対の掟。
 これまでは我が喰らう立場で、そして今度は弱き我が食われる番となったのだ。
 身体も即座に動けそうになく、故に、潔く、散ろう。
 我は全てを受け入れた。

 しかしだからこそ、視界の隅で我を助けようと、舎弟共の中でも優れた能力を持つ三匹がやってくるのが見えて、何とも言い難い思いを抱く。

 我を捨て置き、逃げ出せばいいモノを。
 馬鹿が、と阿呆な三匹に内心で吐き捨て、しかしどこかで嬉しく思っている我がいた。

 奇妙な心境になる我の前で、最速のまま鬼に飛びかかった三匹は、しかし当然の様に我の横に転がされる。
 我が負ける相手に、勝てる道理などないのだ。
 だが、我等以外を逃がす事だけはできた。
 捨て身の特攻によってできた時間。それが群れを残すという成果を上げた。
 そもそも鬼にはこれ以上殺戮をする気がなかったから、という理由もあるが、それでも群れは残るのだ。
 幸い娘も居る。今後は群れを率いてくれるだろう。
 それで今は、十分だった。

 後は殺されるだけだ。
 せめて一撃で、痛みを感じる前に殺せ。

 そう思い、覚悟し、しかし結果は違った。
 我と我を助けようとした三匹の舎弟は、目の前の鬼によって殺される事はなかった。
 ただ、頭に巨大で力強い掌を乗せられ、不可思議な力によって身体の何かを変えられた。
 そこからは、記憶がアヤフヤだ。
 ただ、鬼に抗うという意思は湧く事がなく、下された命令を遂行する事こそが至福となった。


 我は、卵を産むのだ。
 それも至高の、主である鬼が満足出来る程の美味なる卵を。
 我は産み続けるのである。


 ・擬人化フラグではない。
 ・恋愛フラグでもない。
 ・家畜にした四匹の中で、色んな理由で頭が良かったビッグコッコ姐さんは、本編には直接絡みません。
 ・ずっと鶏路線です。
 ・朝の一品に、卵はどうですか?
 

【暗殺者視点:百三十九日目】
 我々【ヤッテ・ヤル・ンデス】は金さえ貰えば、暗殺だろうが強盗だろうが密輸だろうが何でもこなす、ヒトの欲望が渦巻く裏の世界を生きる組織の一つだ。
 そこそこ長い歴史を持ち、他の組織と比べて遥かに高い依頼達成率と、充実した装備に人材。
 それにもしミスしても、奥歯に仕込んだ精神汚染型マジックアイテムによって自我と記憶を消失させて情報を隠匿し、それに加えて体内に埋め込んだ爆弾型マジックアイテムによって高確率で標的を巻き添えにする事から、裏の世界で名が通り、一定以上の信用を得ている。

 今回の依頼も、王国王女の周囲を飛び回るハエの駆除、と普段と大差ないものだった。
 集めた情報から、標的は正面からだと殺せるか分からない程の難敵だと判明している。しかし闇から近づく我々の前では呆気なく殺されるだけの存在だ。
 例え強者といえど、音もなく気配もなく近寄る我らに、気付く前に屍を晒すだろう。
 これまでがそうであり、これからもそうなり続ける。

 ――そう思っていた時期が、俺にもありました。

 作戦前に、依頼人から知らされた王女の宮殿の構造情報から、標的への最短ルートを割り出した。
 暗殺実行時には、同時に行われた工作によって、我々は誰にも見つかる事なく宮殿へと侵入した。
 巡回している衛兵達が居なくなる隙間を狙ったので、周囲に人の気配はない。
 後は夜明け前の薄闇に紛れて近づき、殺すだけ。
 準備も万全、引き連れた仲間も腕利きばかりで、装備は最高の品を用意した。
 隠密効果を上昇させる“サイレントキャット”製の黒衣、消音性の高い“カクメダリオン”の革を使用した靴、大型モンスターすら掠るだけで悶絶死させる“ターミネートマンバ”の毒液を塗布した艶消しのナイフ。
 その他にも全身至る所に毒を塗布した暗器を仕込み、多数のマジックアイテムで身体能力を向上させている。
 これだけ整えられた状況と、最高の装備があって依頼を失敗するなど考えられなかった。

 だが、振り返れば予兆はあったのだ。
 それを見逃していただけで、確かにそれはあったのだ。
 そして気が付かなかった我々は、当然の様にその報いを受ける。

 ――狩る側なのは我々ではなく、アチラ側だったのだ。

 我々は壊滅した。

 宮殿の客室。もっとも警備が堅牢な王女の寝室より遥かに手前にある目的地に何とかたどり着いた時には、既に俺だけしか残ってはいなかった。
 他の皆は、死んでいった。
 理解できなかった。
 プロである俺達ですら察知できなかったトラップが、ここに来るまでの短い通路に、それこそ数十以上も設置されていたのだ。

 通路を進む。前触れなく、突如開く床。
 回避する間もなく落下して、暗闇に消えていった仲間は、再び閉ざされた床によって生死不明になった。

 隠されたスイッチを踏む。不可視の何かによって体を切断された者がいた。
 血によって凶器は極小の糸で編まれたネットだと分かった。サイコロの様になった肉片に混じり、呆然とした表情を浮かべる仲間の顔がコチラを向いている。

 慎重に歩みを進める。何ら変哲の無い人物画が飾られた壁が、まるでスライムの様に動き、仲間を一瞬で飲み込んだ。
 待ち伏せした蜘蛛の様に機敏な動きを見せた壁は、飾られた人物画に血の涙を流させ次を待つ、前を通る者を待ち受ける狩猟者だった。

 見え見えのトラップを回避した先にある、隠されたスイッチを踏む。
 高速で飛来する矢。身を捻り、飛び退き、なんとかそれを回避した、かと思えば逃げた先の床は粘着性の高い液体が塗布されていたのだろう。
 足を絡め取られて動けなくなった仲間を助ける間もなく、追撃の矢が全方位から降り注いだ。
 まるでハリネズミの様になった仲間は悲鳴を上げ、しかし恐ろしいのはその後だ。
 矢には毒が塗られていたのだろう、生きたまま皮膚や骨や内臓がグズグズと溶かされて、吐き気がする程の臭気を発しながら死に絶えた。

 その他にも無数のトラップによって仲間は一人また一人と居なくなり。
 地獄だった。かつて経験した事の無い地獄があった。
 これまでの経験など、知識など最早意味を成さなかった。

 待ち構える凶悪なトラップ。
 それを回避した先に設置された極悪のトラップ。
 更に回避した先に設置された確殺のトラップ。

 これ程厳重なモノなど、大貴族の屋敷ですら見たことがない。

 素顔を隠し、精神状態を一定から変動させなくする仮面が無ければ、俺は動くことすらできなくなっていただろう。発狂していた、と言ってもいい。
 トラップの悪辣さを理解した時点で退避も考えたが、気が付いた時には退避する事は既に不可能だった。
 ある程度進めば、最早進むしか道が残されていなかったのだ。
 少しでも躊躇えば、動く事を止めれば、そうした者達から死んだ。容赦なく殺されていった。
 だから俺は走り抜けた。仲間達の屍を越えて、俺だけが標的に到達したのだった。

 標的を前に思うことは単純だ。
 殺してやる。絶対に殺してやる。
 殺されても、体内の爆弾で道連れにしてやる。

 その覚悟で標的に挑み、しかし即座に砕かれた。
 何をされたのかは分からない。が、標的が銀腕をコチラにかざした次の瞬間、身体の自由を奪われた。意思はハッキリとしているが、最早指一本も動かせない。
 失敗した、最早挽回する事などできそうにない、と理解すると共に奥歯に仕込んだマジックアイテムを発動させ、爆弾のタイマーを起動させた。
 奥歯のマジックアイテムは即座に効果を発揮して、俺の脳を修復出来ない程破壊するだろう。
 そして十数秒後には強力な爆弾によって肉体は弾け飛び、情報の大半を隠匿できる。
 近距離に居る標的を巻き添えにできれば更にいいのだが、それを確認する事は最早叶わない。
 だが、無駄死になど、してやるか。


 ・暗殺失敗。
 ・爆弾は分体によって摘出されました。
 ・トラップは用法用量を守って正しくお使いください。


【信仰の厚い貴婦人視点:百四十三日目】
 王妃様主催の茶会。
 それはとても煌びやかな場であり、またそれに呼ばれるという事はとても名誉な事。
 しかし今日の茶会は、普段以上に特別な意味を持っていました。

 王妃様によって招かれた特別ゲスト。
 アポ朗様。

 人間を凌駕する、強靭な【鬼人ロード】の中でも一際高い能力を秘めた【使徒鬼アポストルロード】という、数少ない、神々の恩恵を受け易い祝福された種族の御方。
 それに加えて上位神の【加護持ち/亜種】とあらば、その存在はまさに神の御使いそのもの。
 神の寵愛を受けし、ただ居るだけで、周囲に影響を与える御方。

 矮小な私では近くに居る事すら烏滸がましく。

 でも、一目見た時から胸に灯るこの熱が、消え去る事は無くて。
 禁断であればこそ燃え上がるモノもあると、私は思うのです。

 ああ、あの横顔。なんと凛々しく、美しいのでしょうか。
 ああ、あの髪。なんと艶やかで、思わず手を伸ばしてしまいそう。
 ああ、あの双眸。私の全てを見透かしてしまいそうなその視線に、腰が抜けてしまいそうに。
 ああ、ああ、ああ、ああ、ああ。

 触れて、みたい。
 会話して、みたい。 
 抱きしめられて、みたい。
 匂い嗅ぎたい。クンカクンカしたい。
 使った食器が欲しい。ペロペロしたい。
 座った椅子が欲しい。スリスリしたい。
 ああ、ああ、ああ、ああ、ああ。
 溢れ出る思いが、情熱が、情欲が、陶酔が、熱狂が、信仰が、感情が、暴走してしまいそうで。
 でも、何とか、ギリギリの所で、止めたくて。
 でも、ああ、なんて、ステキナノ……。


 ・熱心過ぎて、限度を越すのは止しましょう。
 ・一度冷静になり、振り返ってみましょう。
 ・恍惚のヤンデレポーズ系貴婦人には気を付けてください。


【異邦人の青年視点:百五十五日目】
 自分で言うのもなんだけど、俺の人生って結構凄いと思うんだ。
 そもそも、ある日唐突に異世界に召喚される、なんて普通ある事じゃない。
 その上何の力も持たないまま放り出される事故的な召喚ではなくて、他に無いような力があるなんてかなり運がいい方だと思う。

 俺の力――【職業】は【異界の魔砲使い】といって、剣や槍を持って戦う類のモノではないけど、遠距離から安全に敵を狩れる、ってのはかなりいいと思っている。
 というのも戦っている内に怪我して、四肢欠損や、傷から致命的な病気にかかったりとかすると最悪だからだ。
 魔法薬とか凄いモノもこの世界にはあるけど、だからといって全てを信用なんて出来ない。
 召喚前なら簡単に治療できる病気でも、コチラでは治療法がまだ発見されていない、なんて可能性もあるわけだし。
 だから遠距離攻撃に優れたこの力は、とても有難かった。

 でも同時に怖かった。
 敵が何もできない場所から、敵の命を掌握できるという、あの感覚。
 最初は慣れなかった。ありがたいけど、怖かったんだ、この力が。

 でも、初めて遭遇した盗賊達を一方的に討伐出来た時なんて、この力があって心底良かったと思ったし、何より最低で最高の気分だった。
 この世界に来たばかりで、何も分からなかった俺を助けてくれたエイナや、気さくな団長さん達が居る行商人の一団を、全員無残に殺してくれやがった盗賊達が涙を流しながら命乞いする顔なんて、思い出しただけで笑える。
 頭部を弾き飛ばして痙攣している様なんて、爆笑ものだ。

 思い返せば、あの時から俺の何処かが壊れたのかもしれないな。 

 それで、まあ、色々あって、僕は相棒である魔砲を持って、沢山の冒険をしてきた。
 沢山のモンスターを殺したし、友人を殺した奴らを沢山殺した。
 色んな人達を助けて、色んな奴らを殺す冒険を続けていた。

 物語はめでたしめでたしで終わる事が多いけど、現実では行動によって発生する結果が全て良い、何て事は無くて。
 沢山のヒトに恨まれて、命を狙われて。
 沢山のヒトから感謝されて、責任を感じた。

 本当に色々あって、そう、俺は疲れていたんだ。
 だから、王国にやって来たのは、ただの気紛れだった。
 活動していた場所から、ふらっと遠くに行きたくて、丁度三年に一度の祭典≪英勇武踏祭≫があるから、と思って選んだだけ。

 でも、そこで俺は運命の出会いを果たす。
 それはまるで引き合う運命だったかのように、俺は彼女と出会った。
 俺と同じ、異邦人の女性。
 とても美しい、懐かしさを抱く容姿と雰囲気の美女。
 隣にいる鬼人が気に入らなかったが、それはともかく。
 俺は俺だけの運命の女性ヒロインに、出会ったのだ。 
 

 ・後日、ハニートラップにかかり暗殺された可哀想な子。
 ・現実に疲れていたので、サクリと救済されました。
 ・自分だけのヒロインなんて、居なかったんだよ……。


【とある団員視点:百六十日目】
 迷宮ダンジョン
 無数のダンジョンモンスター達が跋扈し、常に殺し合いが繰り広げられる場所。

 以前の私なら、到底挑めるモノではなかった。
 農民上がりの下級兵では挑む時間がそもそも無い、という事もあるが、挑めないのは単純に私が弱いからだ。
 外よりも強いダンジョンモンスターは、聞いた話によれば訓練で戦い、かなり苦戦した“アースウルフ”が雑魚扱いされる様な場所である事に加え、地形効果によって難易度が何倍にも膨れ上がるという。
 命知らずではない私は、機会があっても挑むつもりはなかったのだが。

 どういう訳か、私は仲間と共に此処で、この中で三日を過ごさなければならない。

 正直、最初は無理だと思っていた。
 それはもう精神が崩壊してしまうかと思うくらい激しい訓練を積み重ねて多少の自信はあったが、今回潜るのが派生ダンジョンの一つだといえ、流石に三日も居続けるのは想像できない程の苦難になる。
 その筈、だったのだが。

 気がつけば笑っていた。
 私だけではない。
 私達は笑っていた。
 興奮から、自然と笑ってしまうのだ。

 私達は長剣や盾などそれぞれの得物を構え、近づくダンジョンモンスターを次々と屠っていく。
 訓練の成果か敵の動きを目で追う事ができ、冷静に対処すれば以前だととてもではないが倒せない相手すらさほど怪我をする事なく倒せてしまう。

 ある程度の階層から出てくるようになった、巨躯と頑健さに優れた“ロックベア”を前にしても、私は全く焦る事なく戦えた。
 繰り出される豪腕の一撃も、頑強な肉塊の突進も、仲間と連携する事で注意を分散し、余裕をもって回避しつつ、隙を見て分厚い毛皮や肉を切り裂いた。
 流石の頑丈さで致命傷はなかなか与えられないが、無数の傷を与えることで弱らせ、最後には首を切り落として止めを刺した。
 ロックベアは確かに強敵ではあるが、団長を前にしたあの絶望感からすれば、ロックベア程度が数匹居たとしても焦ることはないだろう。

 これまででは考えられない程の圧倒的な勝利に、だから私達は笑い合い、酔いしれた。
 笑わずにはいられない。
 仮初の万能感すら沸き起こってしまいそうな程の、以前との大きな差異。
 攻略は、順調に進んでいった。

 ちなみにダンジョンモンスターと同じかそれ以上に厄介なトラップの類は、イヤーカフスによって事前に知る事ができたので引っかかる事も無かった。

 流石に疲労が出てくる夜は安全そうな場所で野営の準備をし、ドロップアイテムを使った料理で腹を満たす。
 それなりに質の良い食材なので美味かったし、大森林ではサバイバル技術も叩き込まれるので慣れたものだ。
 この段階になると最早ダンジョンに入る前にあった不安はなく、交互に仮眠をとって休み、次の日に備えた。
 それに三日間をただ過ごすだけでは面白くないと、私達はダンジョンボスを討伐してやろう、と意気込んだ。
 そこまで深くは無いようなので、できない事もないのではないだろうか。

 おっと、哨戒中にゴブリンメイジを含む一団を発見。
 まだコチラを発見できていないようなので、気配を消して近づいていく。
 それ射程内に捉えたら、サクッとな。

 気負う事なく繰り出した、戦技アーツ斬撃スラッシュ】を伴った首狩りの一撃に、無防備なゴブリンメイジの首は抵抗する事なく切断されて宙を舞う。
 ゴブリンメイジの前方を進んでいたゴブリン達が慌てて振り返る前に、素早く距離を詰めて連斬。
 集団の間を走り抜ける気持ちで繰り出した攻撃は、五匹いたゴブリン達の内三匹を殺害、残り二匹も片腕や片足を切り飛ばす、という結果となった。
 思ったよりも順調だが、援軍を呼ばれると面倒なので油断なく、そして素早く止めを刺していく。

 それにしても真正面から戦えばメイジは非常に厄介だが、魔術を発動する前にこうして首を切り落としてしまえば問題ない。
 ダンジョンモンスターは確かにスペックは高いのだろう。強化されたその肉体は驚異である。
 しかし常に考え、心身を鍛え、研ぎ澄まされた隙の少ない戦い方をする同僚達に比べれば、ダンジョンモンスターといえど意外と殺すのは難しい事ではない。

 今回の挑戦は、全て私達の糧になる有意義なモノとなるだろう。


 ・新兵を強兵に育てる百の方法。
 ・お手軽パラベラム式訓練・短期版。
 ・参加料――税込十五万円。
 ・注意――訓練中不幸な事故がありましても当社は責任を負いかねます。


【とある衛兵視点:百六十六日目】
 数日前、姫様がアポ朗様と一緒に迷宮都市へ行く、と言い始めた。
 衛兵である私達は姫様の予想外の行動に苦労する事は稀に、いやそこそこの頻度で、いやいや本当は多々あったりするが、個人的には今回のような行動ならば大歓迎だった。
 というのも、私は以前から迷宮に潜りたい、と思っていたからだ。
 これまでは家の許可や仕事の都合上潜る事はできなかった迷宮に行く機会が、向こうから転がってきた。
 比較的近い場所にあるというのに衛兵に選ばれて早数年、何だかんだとあって行く事もなかったそこに行ける、となれば姫様の護衛として自ら名乗りを上げない訳がない。
 立候補した事で比較的容易に護衛役として随行する事を許された訳だが、四六時中姫様の護衛をしていた訳ではない。
 非常にありがたい事に、アポ朗様の計らいによって姫様の護衛をしなくても良い時間ができ、その時間を使って私や同僚達は迷宮に潜る事が出来た。

 そして念願の迷宮に挑戦し、やはり迷宮は素晴らしい、と実感できた。
 あの肌が粟立つ様な重苦しい空気、周囲に潜むダンジョンモンスターの気配、僅かに残る血臭、聞こえてくる騒乱の音、周囲の空間に混ざる高濃度の魔力。
 自らを鍛える場として、これ程いいものはないだろう。

 今回は同僚達と共に潜り、迷宮を堪能すると共にレベルが“2”も上がったので、かなり満足して帰還した訳だが、今日、とても不思議な事を体験した。
 というのも、アポ朗様の指導の下で行われた訓練の時に、同僚達との模擬戦で、相手を容易く打倒できてしまったのだ。
 何故か相手の攻撃が以前よりもよく見えたし、攻撃を受け止めるのにもあまり苦労せず、むしろその攻撃の軽さに困惑を覚えた。
 また厚い防御を強引にこじ開けるのも以前より容易になり、攻撃速度も以前より上昇している様である。
 これは私だけではなく、他の同僚達でも起こった事だった。
 より正確に言えば、私の様に護衛として迷宮都市に行ったモノは、王都に残った者よりも明確に強くなっていた、となる。

 これは少々どころではなく、かなり異常な事だった。

 私達衛兵同士の訓練で、ここまで綺麗に分かれる事はほとんどない。
 というのも、個々のスタイルによって相性は確かに存在するし、技能の優劣や実力による序列は確かにあるが、しかし私達は総合的な戦闘能力に大きな差がある訳ではないからだ。
 その時の調子や戦場の特性などによって勝敗は変動するモノの、例え相性の悪い相手でもある程度は善戦できる実力がある。
 アッサリとヤられるほど、私達衛兵は弱兵ではない。

 しかし、こうも明確な差として現れると、小首をかしげずにはいられない。

 その為色々と調べられたが、結局原因はよく分からなかった。

 レベルが上昇したからか、とも考えられたが、せいぜい“1”か“2”上がった程度の事。
 確かに能力の強化はされるが、しかしそこまで飛躍的に上がる訳ではない。
 レベル上昇による強化は、今の段階だと誤差の範囲内でしかないだろう。これが原因とは考え難い。

 他には派生とはいえ迷宮に潜ったからか、とも考えられるが、その可能性も低そうだ。
 ただの一度潜っただけでこうまで差が出るなど、聞いた事も無い。
 仮に今回の力量差の原因が迷宮に潜った事だとしたら、潜った者と潜らない者、その間にここまで劇的な差が生じる迷宮を、現在の様に限定的とはいえ一般に開放しているのは変である。
 民草に革命を起こされるのを恐れ、時の為政者は迷宮の全てを独占する、という事があって然るべきだろう。
 だがそんな事はない。
 確かに迷宮に潜る者は早く強くなり易いが、そこまで劇的に強さを増す事はない。
 だから、これも違うだろう。

 今回の調査でこの差がなんなのか判明する事はなかったが、個人的にはアポ朗様が怪しいな、と思っている。

 普段の違いを出すなら、アポ朗様達が居るか居ないか、という考えもあるのではないだろうか。

 ……ふぅ。いやいや、流石にそんな事はないか。思考が飛躍しすぎているに違いない。

 ただ近くにいるだけで、ここまで身内あるいは手下やそれに準じる者達を強化できるなど、流石のアポ朗様とてできまいて。
 そんな常識外れの能力など、有り得ない。
 【勇者】様や【英雄】様がたの仲間は普通よりも強くなり易いという話もありますが、ここまで劇的な話など聞いた事もありません。
 だからアポ朗様とて……

 ……有り得ない、よね?
 ……あれ? 有り得ない、とも断言できない様な……。


 ・存在するだけで周囲に及ぼす補正効果は大きい模様。
 ・後日、物陰に集まって鍛え直す残留組な衛兵達の目撃情報有り。
 ・貴方の実力は、本当に貴方だけの力で得たモノなのでしょうか。


【大孫視点:百六十九日目】
 王国史に刻まれる程の数々の武勇。
 王国の行く末を決める優れた政治手腕。
 何れ進む道に佇む偉大な先人にして、幼少の頃より優れた教育を施してくれた御爺様を私は敬愛し、尊敬していた。

 だが先日、御爺様は暗殺された。
 厳重な警備が敷かれていた屋敷の、それも自室で、抵抗らしい抵抗の跡も無く殺されていた。
 これまで見た事も無いような猛毒によって殺害されたその姿は、悲惨と表現するのが適確だろう。

 その亡骸を見て、私は悟った。
 これまで御爺様に抱いてきた思いは、ただの愚かな盲信だったようだ、という事に。
 どこぞの馬の骨とも知れぬ下賎な暗殺者如きに容易く殺されるなど、正直拍子抜けである。情けない、そういう感情すら芽生えそうだ。
 どうも私は、未熟な事に、御爺様を見誤っていた様だ。
 尊敬などによって曇った瞳でではなく、澄んだ瞳でありのままを見なくてはならなかったというのに、それが出来ていなかった。
 今になって知る事になるとは、まさに未熟であった。

 だが、今の段階で自覚できたのは、今後を考えれば良かったのだろう。
 これから私は、王国の王座をあるべき持ち主――つまり私だ――の手に取り戻す為に立ち上がる。
 土壇場で自覚する様な事になれば、仕損じるかもしれないのだから。

 最も、既に王国の【勇者】の半分は私の手駒であり、貴族の半数以上も私についた。
 十分過ぎる程の兵数は揃い、某国との密約もあってこの聖戦は勝利が約束されている。
 何も恐る事はない。
 あの愚昧なる王を打倒し、怖気の走る第一王妃を排除し、あの忌々しいルービリアを処刑する時が来たのだ。

 だが、ただ一点ルービリアが引き連れてきた鬼の一団が気にかかる。
 奴らを見ていると、妙な胸騒ぎで心が騒めく。
 しかし既に動き始めている。
 最早止まる事はできない。
 ならば、障害になるのならば排除する。排除してみせる。
 誰にも私の道を、阻む事は許さない。


 ・破滅の道も、一歩から。
 ・祖父の心、孫知らず。
 ・時には直感を信じましょう。


【大孫陣営一般兵視点:百七十二日目】
 どうせ戦争をするのなら、勝つ側についた方が良いに決まっている。
 誰だって負けたくはないし、戦争に負けるという事は殺されるという事だ。

 俺は俺の命が惜しい。
 情勢的に、明らかに【貴族派】が優位に立っている。
 だから俺は【貴族派】についた、のだが。
 今となっては、後悔している。

 それの襲撃は唐突だった。
 吹雪のせいで行軍が遅れていた今日、王城はゴースト達の群れに襲撃された。
 非実体系のゴーストは物理攻撃力を持たない代わりに、純粋な物理攻撃力では絶対に倒す事はできない。
 だが知性は乏しく、魔力を用いた攻撃ならアッサリと討伐できるので余程の高位ゴーストでもない限り、ゴーストは厄介な部類のモンスターだが強敵とも言い難い存在だ。

 だが、今回のゴースト達は普通ではなかった。
 
 まず、数が桁違いに多い。
 それこそゴーストタウンと化したのかと思うばかりの数だ。
 千以上は確実にいただろう。王城が縦横無尽に動くゴーストによって彩られていた程だ。

 ついで、その動きは統率されていた。
 俺達兵士の死角を狙ったり、集合する事で守りを突破したりと明らかにボス級モンスターが居る時と同じ動きであり、何より心を不安定にさせる甲高い【幽霊の叫びゴーストクライ】で精神的な揺さぶりを仕掛けてくる。
 本来そこまでの知性がないゴーストが叫び声を出すのはせいぜい戦闘時だけだというのに、今回のこいつ等は常時叫んでいる。
 
 そして、襲撃が八回もあった。一日に八回もだ。
 どの襲撃も千単位のゴーストが押し寄せ、殲滅したと思っていても、何処からか響いてくる叫び声によって精神的に落ち着く事は到底できない。
 常時戦闘態勢で、心身共に疲労が貯まる。

 どう考えてもゴーストを生成している、ボス級モンスターが王城のどこかに潜んでいるのは明白だった。
 どこに居るのか見当もつかず、対処したくてもできないのでどうしようもないが。

 っと、壁からにじみ出たゴーストの手が迫る。
 それを見もせずに切り殺すが、流石に弱くても多すぎて鬱陶しい。こいつで討伐したのは千五百七体目となったが、これだけ倒しても金に成らないのだからやる気も起きない。

 明らかに俺、つく陣営間違えてるよなぁ……。
 あーあ、失敗した。
 裏切る機会、ちょっと待つか。できるだけ効果的な場面の方が、心象もいいだろうしな。

 
 ・後日陣営移籍に成功した兵士。
 ・かつて冒険者だった男。
 ・もしかしたら誰かの血縁者?


【ガキ大将視点:百七十八日目】
 ただ生きていくだけで必死だった。
 クソみたいな親父の下から、お袋の様に逃げ出してから生きる為に何でもやった。
 盗み、恐喝といった、殺人以外の全てだ。

 綺麗な王都にも、薄暗い事情はある。
 俺のように生きる孤児は多く、だから生きる為に身をより集めた。
 集まりは体格に恵まれていた俺がトップとして取りまとめ、血の繋がりはなくても、確かな絆で繋がれた家族となっていった。

 でも孤児は孤児なりに勢力争いなんかもあったりして、俺達は戦う事でしか生きる事ができなかった。誰かを蹴り落とし、その日の食べ物にありつくのだ。
 俺達が食べ物にありついた事で、餓死した奴も居る。
 だけど、俺達は生きたかった。だから奪う事を躊躇った事はない。

 でも、そういう生き方しかできないから、大人達にはドブネズミでも見るような視線を向けられ、嫌悪され、罵倒されて殴られる事もあった。
 そのせいで殴り殺される奴も多い。

 本当に世界は徹底的に厳しくて、俺達はただ生きていく事すら困難だった。

 だから今日、攫われた時は、心の何処かで諦めがあった。
 奴隷として売り飛ばされると思ったからだ。
 過去、そうして姿を消した友達は何人も居る。
 だから俺の番が回ってきたのだと、そう思っていた。
 が、俺は弱気を見せる訳にはいかないのだ。俺の後ろには家族が居る。年下の弟妹達だ。
 明らかに敵わない拉致犯――黒鬼を睨む。内心ガクブルだ。明らかにヤバ過ぎて、失神しそうだ。
 それでも虚栄を張ってやる。意地を張ってやる。目だけは逸らさず見続けた。
 
 見ながら、何度も問いかけたが答えてくれず。

 説明も無いまま、ずい、と飯を出してくれた。
 大鍋に多数の食材を放り込み、作られた熱々のシチューだ。
 出来たてホヤホヤで、とても美味しそうで。ゴクリ、と喉がなった。
 毒でも入っているのか、なんて思わなかった。そのあまりの匂いに、俺達は無我夢中で手を動かした。
 シチューは、凄く美味かった。
 これまで食べた事がないくらい、食べただけでボロボロと涙が出るくらい、美味しかった。
 誰かのモノを奪わなくても十分すぎる量があって、満足するまで食べていいと言われて、色々とゴチャゴチャと頭の中で考えて、考えながらシチューを食べた。

 食べ終え、次は風呂に入れられた。
 暖かい湯で温まるのは想像以上に気持ちが良かった。石鹸を使って身体の汚れがゴッソリととれた時は身体がムズムズしたが、その状態にもすぐに慣れたし、とても心地よかった。
 ここまで気が抜けたのは、本当に久しぶりの事だ。
 重かった身体がほぐれ、軽くなった。

 その次は、病気や怪我があれば治療してもらえた。
 かなり酷い状態で、もう手遅れだった奴もすっかり治った時は驚いた。

 そして、改めて鬼の前に並べられた。
 そこで、今回集められた理由を知らされた。

 要するに、衣食住と引換に俺達は労働力を提供する、という事だ。
 しかも教育や生きていく為の術も教えてくれるとあれば、俺達からすれば破格過ぎる条件だった。
 その話にもちろん俺達は全員乗った。
 飯や安全な寝所を提供してくれるし、力を授けてくれるというのに反論する理由がなくて、俺達は生き残るためにこの手をとった。


 ・ガキ大将爆誕。
 ・年少実験部隊≪ソルチュード≫結成。
 ・未来への投資=プライスレス
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