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<水無瀬葉月>

真っ黒が、消えた

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 あったかい……。
 気持ちいい……。


「ん、う」


 体も暖かいけど、心の底からも暖かい気持ちが広がって、ゆっくりと瞼を開けた。

 ……。

 部屋の中は薄暗かった。まだ早朝なのかな?

「お早う、葉月」

 あ。

 横に遼平さんが居た。
 だからこんなに暖かかったのか。

 遼平さんが居る。
 しあわせだ。
 あったかい……。

 ほわほわと満足感に包まれていたのだけど。

 昨日の醜態を一気に思い出して顔が耳まで熱くなった。

「▽■※×▲○◎●……」

 パニック状態に陥り布団に潜り込んで丸まる。

 ぅ、いたい、体中が痛い、

 全身が筋肉痛の軋みを上げてる。遼平さんを受け入れた場所にはひどい異物感まであった。

 しかも僕、裸だ!

 うううう恥ずかしいいい……!!

「ほら、隠れるな」

 遼平さんが布団をまくり上げようとした。

 裸を見られるのが恥ずかしくて布団にしがみ付いて必死に抵抗する。
 むき出しの背中を大きな掌が撫でた。ひぎゃああ。

「おい、背中まで真っ赤になってるぞ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。先に風呂に入るか? ほら、おいで」

 ひょいっと抱え上げられてしまった。必死にしがみついていた布団ごと遼平さんの腕の中に抱え込まれる。

「はいはい、お布団はポイ、な」
「うううう……」

 恥ずかしくて死にそうになりながらも太い腕に抱きしめられると心のぬくもりが増した。


 この温もりの正体は、遼平さんがくれた『好き』だ。


 生まれて初めて人に好きって言われ抱き締められ、幸せが体中から溢れてしまいそうだった。

 ――――あれ……!!??

 僕の手、普通の手に戻ってる、どうして!?
 足も、お腹も、体中から汚い黒いのが消えてる!?
 どうして!? こんな奇跡みたいなことあり得ないのに――!?
 ちゅ、っと額にキスを貰った。

「あ」

 そっか、遼平さんに一杯触ったからだ。

 遼平さんに触って貰って、キスされて、体の中にも遼平さんのを貰って、僕の汚れが無くなったんだ!!

「葉月、体は痛く無いか? 昨日はがっついて悪かったな。お前に好きって言って貰えたのが嬉しすぎて歯止めが聞かなかったよ。俺の家族になってくれてありがとうな」

「え? かぞ、く?」

「……おい、なんだその「え」は? 俺はお前と幸せな家庭を作りたいって言っただろ?」

 家族――――遼平さんと家族!?

 ぽかんと固まってしまって、考えることはおろか、息をするのも忘れてしまった。
 心臓がガンガンと苦しい。慌てて息を吸い、吐く。

 確かに昨日、聞いた気がする。僕と家庭を作りたいって。家庭ってことは、家族だ。
 家庭と家族が全然繋がって無かった。

 僕は遼平さんと一緒に暮らしている。『家庭』は、そんな生活の延長のような気がしていた。

 全然違うよ。僕のバカ。

 家庭、は、家族が作るものだ。
 同居、とは、全然違う。

「りょ、う、へいさん、判ってる? 家族って、大変なことなんだよ。もし、もし、今日、世界の終りがきたら、遼平さんは僕と一緒に居なきゃいけないんだよ」

 目が熱い。遼平さんの姿がめちゃくちゃに滲む。

「居るに決まってるだろ。お前が他の奴のところに行きたいって言っても無理やりくっついて行くぞ」

 遼平さんが笑ってる。ようだ。
 滲み過ぎて表情が判らない。

「か、かぞくって、かぞく、って、」

 みっともないぐらいに声が震える。口も震える。

 僕にとって家族とは遠くから眺めてるだけの存在だった。

 子どもの頃、一人で夕食の買い物に行ったスーパーで見かけた、お母さんと一緒に買い物をしてる同じ年ぐらいの子。
 参観日にクラスメイト達を見守るお父さんやお母さん。

 小学校の頃までは羨ましいなーって思ってたけど、僕には手の届かないものだったから現実味は無かった。
 中学に上がる頃には視界にも入らなくなっていた。

 僕にとって家族とはテレビの向こうの世界と同じだった。

 まさか、この年齢になって、すぐ手の届く場所に家族になってくれる人が現れるなんて。

「男同士だけど夫婦だな。結婚の誓いの言葉は何だったか……? 健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も、これを愛し、これを助け、死が二人を別つまで愛し慈しむことをここに誓いますか? だったか?」

 涙が零れないように目を見開いて頑張る。

「誓うよ。一生、大切にする。葉月が俺のことを嫌いだっていうその日まで、ずっと傍にいる」

 目の、端に、水が、溜まる。

「俺がお前を幸せにする」

 ――――駄目だ、我慢できない。涙が零れた。

「葉月の返事は?」

 そんなの、一つしかない。

 一つしか無いのに言葉にすることさえできなくて、遼平さんに全力でしがみついて癇癪を起した赤ちゃんのように大声で泣きわめいた。
 遼平さんと居ると泣いてばかりだ。笑ったまま泣いたり怖くて泣いたり混乱して泣いたり嬉しくて泣いたり。
 一生分の涙を零してる。


 僕、こんなに涙腺弱くなかったはずなのにな。


 お父さんとお母さんの家にいる間は一回も泣いたことなんてなかったし。

 遼平さんの傍にいると駄目だ。

 辛い時よりも嬉しい時、冷たくされるよりも優しくされるほうが泣いてしまうなんて、僕はなんて厄介な人間なんだろう。自分で自分が嫌になるよ。

「次の週末には水族館に行こうな。サメとエイのトンネル、クラゲの部屋、アシカもイルカもいるぞ。おまけに、生き物に触れ合える水槽もあるんだ。ヒトデに触ってみような」
「えええ!? 噛む?」

 泣き顔を見せたくなかったのに、驚きのあまり顔を上げてしまった。声は滅茶苦茶震えてしまった。遼平さんは僕の涙を拭いながら笑った。

「噛まないよ。ヒトデに人を噛めるぐらいのでっかい口があったら怖いだろ」
 楽しそうな口調に、また、じわりと胸が熱くなって涙がにじんだ。

「いっぱい遊ぼうな」
「うん……!」

 本物のサメもエイもクラゲも見たことない。イルカもアシカも絵本でしか見たことない。そもそも、水族館も行ったことない。

「でーっかいマンボウも居るんだぞ。なんと大きさ3メートル! 葉月三人分だな」
「二人分だよ!!」

 僕を小さい、と決めつけている遼平さんに食って掛かる。

「葉月がどんな反応をするか今から楽しみだ。びっくりしすぎて腰を抜かすなよー」
「絶対驚かないよ。先に三メートルもあるってわかってるんだから」

「そうだよな。葉月は強い男の子だもんなー」

 意地悪に笑って僕の髪をかき回す。
 絶対驚かないよ!! 驚いたりするもんか。


 ああ、でも。
 今度はどんな『生まれて初めて』があるんだろう!!!
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