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338 誰がために鐘は鳴る③

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「ちっ……よりによって貧民街あっちにあらわれるとはな」

 合図したこちらに来いというに……しかも不味いことに、貧民街の方は結界が張っていないようだ。
 黒い竜によって街が破壊されているのが、遠目からでもわかる。
 たとえ街に現れても結界でワシらが行くまでは持ち堪えられると踏んでの作戦だったのだが、中心部から外へ行くと結界が弱いようだ。特に貧民街の方は……くそ、少々詰めが甘かったか。

「とにかく急ぐぞ、クロード」
「はいっ!」

 クロードの手を掴み、テレポートを念じる。
 街に辿り着くと、逃げ惑う人々でパニックになっていた。

「うわ……これじゃ下は通れないですね」
「上から行くぞ」

 建物の上に登り、その上をテレポートで飛び渡っていく。
 下を見ると、現場に向かおうとする兵士たちと逃げようとする人でカオスになっている。
 テレポートは便利だが、視界内にしか移動できないし着地に気を使うので面倒だ。

 こんな時、ミリィの使い魔であるウルクがいれば楽に移動できたのだが……いないものを言っても仕方ない。あいつらも無事だといいのだがな。
 ワシが考えを巡らせていると、不意に正面が明るく輝く。
 その直後、押し寄せてくる熱波。
 あの黒い竜が炎を吐いてきたのだ。

「危ない、ゼフ君っ!」

 クロードが庇うようにしてワシの前に立ち塞がる。
 盾を構え、スクリーンポイントを展開するクロードの足場を、熱波が溶かし、破壊していく。
 足元はボロボロと崩れ始め、逃げ遅れた何人かが瓦礫に埋もれた。

「~~~~~っ!」
「ちっ、射程が長いな……動くなよクロード」
「は……い……っ!」

 クロードを支えながら右手を奴の方へ向け構える。

「蒼の魔導の神よ、その教えと求道の極致、達せし我に力を与えよ。蒼き刃紡ぎてともに敵を滅ぼさん――――ブルーゼロ」

 ワシの言葉と共に生まれた水の刃が、炎を突き破り黒い竜の喉元に突き立つ。しかし、刃はその身体を軋ませただけで消滅してしまった。
 だが狙いは奴へのダメージではない。奴の炎と水の刃で生まれた蒸気が爆発的に広がり、辺りは濃い霧に包まれていく。
 これでワシらの姿は、奴からは見ることが出来ない。

「今のうちだ。移動するぞクロード。ここで戦うとさすがに被害が大きい」
「わかりました」

 クロードを抱きかかえ、魔力回復薬を飲みながらテレポートで飛ぶ。
 その直後、ワシらのいた場所を、もう一度炎が焼き払った。
 霧の隙間から覗く、黒い竜の敵意に満ちた赤い瞳。
 どうやら先刻の攻撃で、ワシらを敵と認識したようである。

 ともあれ霧が立ち込めている内に奴に近づかねば。
 魔力回復薬を飲みながらクロードを先頭に、走る。
 視界を遮るこの霧中ではテレポートは使えない。
 走ることしばし、ワシらは貧民街へとたどり着いた。

「ひどいな。これは」
「……はい」

 辿り着いたワシらが目にしたのは、凄まじい破壊の跡であった。
 瓦礫が散乱し、その隙間には力尽きた人々が埋まっているのが見える。
 ボロい家が密集していた場所だったので、あっさり潰されてしまったのだろう。

「くそ……許せないっ!」

 クロードは歯を食いしばり、黒い竜を見据える。
 こうしているうちにも被害は広がっているのだ。
 ワシらのやる事は、一刻も早く奴を倒す事である。
 気づけばあちこちで、逃げ遅れた人を助ける住民の姿が見える。
 その中にはベルもいる。子供たちを逃がそうとしているようだ。

「ゼフ君……!」
「あぁ。ベルたちは無事のようだな」
「よかったですね……」
「……うむ」

 生意気な奴だが……やれやれ、生きていてよかったと言ったところか。
 だが、それを喜ぶのはまた後だ。

「ベルたちの為にも、ヤツを止めるぞ。クロード」
「はいっ!」

 元気よく返事をするクロード。
 ワシもちょうど魔力も回復したところだ。反撃開始といこうではないか。
 近づきながら、黒い竜へ向けスカウトスコープを念じる。
 ……が、しかし奴の数値を読み取ることが出来ない。

「む、奴をスカウトスコープで見る事が出来ないな」
「あの黒い竜を纏う、モヤみたいなモノのせいでしょうか……」

 言われて気づいたが、いつの間にか黒い竜の周囲にはうっすらとモヤのようなモノが漂っている。
 よく見ると、奴が全身から発しているようだ。
 先刻のブルーゼロもあっさり折られてしまったし、もしやあれが魔導の威力を薄めているのか。

「だとしたら……少々面倒だな」
「ちょっと剣で戦える大きさでは、ないですしねぇ」

 近くに来てみるとわかるが、あの黒い竜相当な大きさである。
 ティアマットのオリジナルというだけはあるな。
 魔力値は不明だが、どうせ膨大な量があるのだろう。
 知るだけ無駄だし、元からまともに倒すつもりなどない。

「なにせ今回は切り札があるからな」
「切り札……! そんなものがあるのですか?」
「首都を破壊した魔物のオリジナルを相手にするのだぞ。当然、対策は考えているさ」
「流石ゼフ君です! それで切り札というのは……」
「くっくっ、まぁそう焦るな……こいつだ」

 逸るクロードを押さえ、袋から取り出したのはワシの腕と同じくらいの大きさの、金属の塊である。
 黒光るそれを見て、クロードは感嘆の息を漏らした。

「大きい……なんですか、これ?」
「ティアドロップというモノだ。以前、首都にティアマットがあらわれた時、ワシと五天魔のプラチナムゼロで倒したのは話したな」
「はい、五天魔全員の最強魔導を、ゼフ君がまとめて放った……それがプラチナムゼロ、ですよね」
「うむ。それと同等の威力が、このティアドロップに込められているのだ」
「ほ、本当ですか!?」

 先刻までティアドロップを撫で触ってきたクロードだったが、びっくりしたように手を離す。
 ――――魔導兵器、ティアドロップ。
 こいつは魔導師協会に五天魔、それに各国の技術者にワシらが加わり共同開発された、いわば『魔導爆弾』だ。
 魔導の力を持たぬものでも、火薬を使って小さな爆破を引き起こす事は出来る。
 だがこいつは守護結界にも使われた魔導回路を使用し、組み上げたモノ。

 こいつにはレッドゼロ、ブルーゼロ、グリーンゼロ、ブラックゼロ、ホワイトゼロ、五つの魔導が込められており、普段は魔導回路をグルグル回り、増幅されている。
 だがひとたび起動スイッチが入ると、爆弾に込められた魔導の軌道が徐々に狭まっていき、丁度十分後に中心点で交わり、大爆発を引き起こすのだ。
 その威力は、あの時撃ったプラチナムゼロの三倍である。
 いかにティアマットのオリジナルと言えど、生きてはおるまい。

 実際に何度か実験をしたが、そのたびに地形を変えてしまう程であった。
 当時首都近郊では謎の地震が騒がれていたが、原因はこいつである。
 機密事項故、知っている者も少なく、持っているのもワシが一つとイエラが一つだけだ。

「……しかし、それだけの爆発を引き起こすのでしたら、下手に発動させるわけにもいきませんよね」
「あぁ、結界を張っている街中ならまだしも、この貧民街は消し飛んでしまうな」
「ではどうするつもりですか?」

 心配そうなクロードの顔を見て、ワシはニヤリと笑う。

「――――奴の体内で、ティアドロップを爆発させる」 
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