Melting Sweet

雪原歌乃

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Extra.2 壊されるほどに

Act.1

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 ※夕純視点、本編後日談です。

 静まり返ったオフィス内に、パソコンのキーボードを打つ音が響き渡る。
 みんな、自分のやることをとっとと済ませ、そのまま飲み会へと流れて行った。
 私にも声はかけられた。けれど、声をかけてきた女の子は、あからさまに私には参加してほしくないという態度を見せていたから、やんわりとお断りしてあげた。元々、行くつもりも全くなかったけれど。
 誰もいなくなってからも、私はひたすらパソコンと格闘を続けていた。無理するな、と、上司であり同期の高遠たかとお君には言われたけれど、途中で投げ出すのはどうにもスッキリしない。損な性分だと自分でも思う。
 でも、シンとしているお陰で仕事がより捗る。周りに人がいても同じように仕事はするものの、不意に適当にサボッっている子が目に付いてしまい、それだけで集中力が削がれてしまう。そして、さり気なく注意すれば、口先では謝罪をしつつも、忌々しげに私を睨み付けてくる。もちろん、気にならないわけじゃないけど、それをまた指摘するのも面倒だから、そこはあえて無視をしている。
「あと少し、ね……」
 ポツリとひとりごちた時、カチャリ、とドアが開く音が聴こえてきた。
「お疲れ様です」
 私が振り返ったのと同時に声をかけてきたのは、杉本衛也君。彼は私の部下であり――恋人でもある。
「あら、君も飲み会に流れて行ったんじゃなかったの?」
 彼を気に入っている女の子に強引に引っ張られていった経緯を知っている私は、軽く嫌味を籠めて言った。
「あなたがいないんじゃつまらないですから。だから、適当に理由を作って途中で抜け出してきたんです」
 そう言うと、衛也君はこちらにゆっくりと歩み寄り、そのまま、隣の席の椅子に腰かけた。
「どうですか?」
 パソコンのディスプレイを覗き込むようにして訊ねてくる衛也君に、私は、「もうちょっと」と答える。
「邪魔者が誰もいないお陰で思ったより早く終わりそう」
「それは良かった。と言いたいトコですけど……、まさか、〈邪魔者〉の中に俺も含まれてたりします?」
「さあね」
「そこは否定してくれないと……」
「否定しようがないもの」
「酷いなあ……」
 衛也君は、わずかに私と距離を置く。曖昧な返答をしたことで拗ねてしまったのだろうか。そう思い、チラリと衛也君を覗うと、真っ直ぐに私を見つめる彼と目が合った。
 私は動揺し、けれども不自然に思われないように視線をディスプレイへと戻す。
「やっぱいいですね」
 衛也君が不意に漏らす。
 私は手を休めず、「何が?」と訊いた。
「夕純さんが真剣に仕事してる姿。男の俺から見てもカッコ良くて憧れます」
「それはどうも」
 軽くお礼を口にしつつ、内心では衛也君の言葉が素直に嬉しかった。でも、あんまり手放しで喜ぶと調子に乗らせてしまいそうで、それも癪だから、あえて冷静を装った。
「さて、これで終わり、っと」
 衛也君の視線を感じて落ち着かなかったものの、あまり邪魔はされなかったから順調に終わった。
 私は背筋を伸ばす。ずっと同じ姿勢でいたから、身体中がカチカチに硬くなっている。
「肩を揉みますよ」
 衛也君がすかさず立ち上がる。そして、私が断りを入れる隙も与えず、私の背後に回り、両肩に衛也君の両手を当ててマッサージしてきた。
「あ、ほんとに凄い凝ってますね」
 そう言いながら、ほど良い圧力をかけながら揉み解してくれる。また、見事に凝っている場所を上手く探り当ててくれるから本当に気持ちいい。
「あぁ……いい……」
 オフィスという神聖な場所ということも一瞬忘れ、つい、はしたない声を漏らしてしまった。咄嗟に、拙い、と気付いたけれどもう遅い。
 衛也君の手が止まった。私の破廉恥な声に驚いてしまったのか。
 気まずい沈黙が流れる。いくら衛也君のマッサージが上手だったとはいえ、声ぐらい我慢出来なかったのか、と自分の中のもうひとりの私を責める。
 と、衛也君が背中越しに両腕を絡めてきた。
「夕純さん」
 耳元で私の名前を囁く。
「こんな場所で誘おうとするなんて悪い人だ」
「さ、誘ってなんか……」
「ない、って言いきれます?」
 私は答えに窮した。誘ったつもりなんてない。でも、衛也君の言葉で急に意識してしまったのは確かだ。
「誘っていたとしたら、衛也君はどうするつもりなの?」
 衛也君に責められっ放しなのは悔しい気がして、逆に問い返す。
 衛也君は相変わらず私を抱き締めたままだ。
「そうですねえ……。夕純さんの返答しだいでは、俺も考えなくもないですけど?」
「――何を……?」
「さあ」
 絶対、わざと焦らした。完全にからかわれている。
 本当に腹立たしい。でも、衛也君の思惑通りになるのも癪だ。
「――好きなようにしたら?」
 半ば自棄になって言い放つと、衛也君の腕の力が緩んだ。
「立って」
 やんわりと、けれども有無を唱えさせない口調で私に告げてくる。
 私は言われるがまま、椅子から立ち上がった。
 衛也君は、私を彼の方へとゆっくり向けさせる。
「夕純さん、ほんと可愛い」
 そう言うと、衛也君はわずかに屈んで私に口付けてくる。
 私は戸惑った。でも、それもほんの一瞬のことで、気付くとほとんど無意識に踵を上げ、衛也君の身長に合わせて背伸びしていた。
 衛也君のキスはいつまでも終わらない。唇が離れたかと思えば、また啄むように口付けられる。そして、しだいに深さを増し、わざと音を立てて私の舌を衛也君のそれで絡めてくる。
 でも、私も翻弄されているようで衛也君の行為に応えている。オフィス内でこんな破廉恥なことをしてはいけない。分かっているのに、蕩けるほどの甘いキスに頭がぼんやりとしてしまって理性が全く働かない。
 どれほど互いの唇を貪り合っただろう。徐々に私の全身からは力が抜け、キスが終わると、そのままぐったりと衛也君に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
 意識が朦朧としかけている私に、衛也君が心配そうに訊ねてくる。
「うん、何とか……」
 とても強がりを言えるような状況ではなかった。それほど、私は衛也君のキスに完全に酔わされてしまった。
「――俺のトコに来ます?」
 私を抱いたまま、衛也君が耳元で囁く。甘美で――とても危ない誘惑だ。
 私は衛也君の胸に顔を埋めたまま、「うん」と答える。最初から、『行かない』という選択肢はなかった。
 衛也君は私の額に軽く唇を押し当ててきた。そして、ゆっくり互いの身体を離し、私に向けて無邪気な笑みを向けた。
「今夜はもっと、夕純さんを酔わせてあげますよ」
 本当に、どうしてこうも私の心をかき乱すのだろう。そう思いつつ、半面で、衛也君はどれほど私を甘い世界へといざなってくれるのかと密かに期待していた。
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