3
件
疎遠だった祖母の訃報。残された遺言状には、聞いたこともない村の名前があった。
「蟲喰原村――一切の土地と家屋を、深冬に譲る」
地図アプリにさえ表示されない、山間の限界集落。戸惑いながらも訪れたそこで、深冬を待っていたのは、拍子抜けするほど温かい歓迎だった。
人懐っこい青年・悠人。柔らかな笑顔を絶やさない区長。どこか懐かしさすら覚える、静かな村の暮らし。
けれど、違和感は少しずつ、確実に積み重なっていく。
日没後、裏山に背を向けて歩いてはいけない。
赤い糸を巻いた者に、話しかけてはいけない。
満月の夜は、決して「数」を数えてはいけない。
誰も本気で説明しようとしない、奇妙な"決まりごと"の数々。そして、祖母の遺品の中から出てきた一枚の写真――そこに写っているのは、記憶にないはずの、幼い日の自分自身だった。
なぜ、私はこの村を知っているのか。
なぜ、誰も本当のことを教えてくれないのか。
村に隠された過去帳、塗りつぶされた名前、写真から消えていく住民たち。積み重なる違和感の先で深冬が辿り着くのは、この村に代々伝わる「喰らう様」という存在と、かつて自分自身が――村から"逃された"生贄候補だったという、あまりに残酷な真実。
そして知る。祖母がしてくれたことは、救済などではなかったということを。すべては、深冬が「必ず戻ってくる」よう仕組まれた、壮大な罠だったのだと。
逃げ場はあるのか。
それとも、最初から詰んでいたのか。
大切な人を守るために選んだ答えの先に待っていたのは、決して逃れられない村の"決まりごと"――。
一度足を踏み入れたら、二度と後戻りはできない。
これは、逃げることさえも赦されなかった、ひとりの女性の記録である。
蟲喰原村に、戻ってはいけない。
文字数 23,958
最終更新日 2026.08.01
登録日 2026.08.01
# 作品紹介文
---
「戦力として計算できない。お前の席はない」
三年間、Sランクパーティの荷物を運び続けた俺——セル・ヴァーンは、あっさり解雇された。
怒鳴らなかった。泣かなかった。
引き継ぎ書きだけ置いて、夜の王都に出た。
---
その夜から、銀の牙は負け続けた。
翌週、惨敗。
翌月、連敗。
三ヶ月後、Sランクから転落。
解雇を告げたリーダー・ガードは、ようやく気づいた。
「あいつは何をしていたんだ」
今さら遅い。
俺は気づいていない。
---
行くあてもなく歩いていたら、路傍に倒れた元冒険者を拾った。
「腹が減っていますか」と声をかけた。
「断る理由がないので」と言って補給食を渡した。
一人が二人になり、気づけば四人になっていた。
「全力で戦うと邪魔だと言われた」剣士のリナ。
「詠唱が失敗して仲間を傷つけた記憶が消えない」魔法使いのクロエ。
「守ろうとするたびに足手まといと言われ続けた」盾役のミア。
「信頼した仲間に情報を売られた」斥候のフィン。
全員、どこかで一度折れた冒険者たちだ。
俺には、彼女たちの傷を癒す力なんてない。
ただ、補給食を切らさないようにしているだけだ。
「断る理由がないので」と言って、一緒に歩き始めた。
---
すると、おかしなことが起きた。
リナが、信じられないほど動ける。
クロエの詠唱が、一度も失敗しない。
ミアの盾が、Sランクの攻撃を止める。
フィンの情報が、毎回完璧に当たる。
スキル鑑定士が蒼白になった。
「後方全域支援——神域。前代未聞です」
俺には、心当たりがない。
荷物の重心を整えただけだ。
本人が一番気づいていない。
なのに全員が最強になっていく。
解雇した元パーティは今日も負けている。
「あいつがいたから勝てていたのか」と、気づいたときにはもう遅い。
一方、折れていた四人は今日も強くなっている。
「俺のそばでだけ」動ける理由を、俺はまだ知らない。
俺はただ、荷物の重心を整えて、補給食を切らさないようにして、
全員を無事に帰したい。
それだけが、たぶん、世界最強の理由だった。
文字数 52,835
最終更新日 2026.07.04
登録日 2026.07.04
「料理人は国の役に立たない」
その一言で、俺は十年間勤めた王宮を追い出された。
名前はルーク・アッシュフォード、三十二歳。外れ職業の料理人。
騎士でも魔法使いでもない、ただ飯を作るだけの男。
怒鳴りもせず、泣きもせず、仕込みの引き継ぎだけ済ませて城を出た。
荷物は包丁二本と砥石だけ。行き先は、辺境。
---
追放の日の夕方、路傍で行き倒れの少女と出会った。
腹が減っているのか——なんとなく声をかけて、あり合わせの食材で飯を作った。
乾燥豆と塩漬け肉と野草。大した料理じゃない。
「……おいしい」
その一言で、俺は気づいた。
十年間、一度も言われなかった言葉を、今日初めてもらったことに。
---
流れ着いた辺境の村は、貧しくて、土地が痩せていて、よそ者に冷たかった。
それでも俺は飯を作り続けた。
するとおかしなことが起きた。
魔物が村に近づかなくなった。
枯れかけた畑が、一夜で青くなった。
病に伏せっていた老人が、翌朝けろりと起き上がった。
スキル鑑定士いわく——「料理付与、神級。前代未聞です」。
そんなものがあったのか。俺にはよく分からないが、旨けりゃいいんじゃないか。
---
一方、俺を追い出した王国では、じわじわと食事が崩壊し始めていた。
宮廷料理は栄養こそあるが「何か」が足りない。
騎士の体調が落ち、王族が床に伏せり、国中に干ばつが迫る。
やがて王都から早馬が来る。
「料理人ルークを王都へ連行せよ」という勅命状を携えて。
連行、ですか。
今夜の仕込みが終わっていないんですが。
---
静かな料理人と、懐いてくる孤児の少女。
罪悪感を抱えた元同僚の騎士。
頑固だけど公正な辺境の村長。
そして、自分の判断ミスに気づき始める元上司。
誰も怒鳴らない。誰も泣き崩れない。
ただ、飯が旨い。それだけで、世界が少しずつ変わっていく。
食材の声を聞き、火加減を整え、腹が減った人間に食わせる。
それだけを十年間やってきた男の、静かな逆転の話です。
---
強さも復讐も関係ない。
ただ、誰かのために飯を作る——それだけが、最強だった。
文字数 53,065
最終更新日 2026.07.04
登録日 2026.06.29
3
件