高校卒業後も、相変わらず勉強はできないままで、5年間ニートとフリーター生活を送っていた。
それで、人生の出遅れ感に焦りに焦った私は、心を入れ替えて独学で英語を猛勉強。国内の短大を経て、アメリカの大学へ会計学専攻で留学した。そして帰国後、数社の転職を経て、最後にたどり着いた会社が、東証プライム上場の外資系企業だった。
周囲は東大卒や海外有名大卒のエリートぞろい。凡人の私は最初の頃、会議で発言できず、仕事も遅かった。
ただ、これまで磨いてきた英語力、留学先で学んだビジネスマネジメントや会計学、そして過去の財務経理職の知識とスキルを買われ、チェンジマネジメント、経営企画、プロジェクト管理の仕事を任せてもらえた。
そうして様々なチームを回って業務を頼む役割になったのだが、そこで外国人社員になめられ続けた。資料を依頼しても期日を守ってもらえない。話しかけても無視される。陰湿なことをするのは日本人だけかと思っていたが、そんなことはなかった。
泣きつくように上司に相談したところ、返ってきた言葉は次のようなものだった。
「お前は下に見られてるんだよ。こういうのはな、なめられたら終わりだ。嫌われてもしつこく取れるまで食らいつけ」
そのとき、なめられっぱなしの中高校時代を思い出した。それから、上司に言われたとおりに、提出されるまで毎日毎日催促を繰り返した。イメージは、人気の漫画家の家に泊まりこんで、原稿をもぎ取る編集者みたいな感じだ。
すると、相手は「しつこくて仕事が進まない。こいつは無視できないからさっさと出そう」と認識してくれたようで、それ以降は私の顔を見るとサッと期日前に対応してくれるようになった。
こうした経験を通じ、私はビジネスでも私生活でも、相手からなめられないための姿勢を確立する必要性を痛感した。そうした失敗と修正の積み重ねが、今の私の仕事や発信の軸になっている。
学生時代も、社会人になってからも、「いい人でいよう」「愛される人物になろう」と下手に出た結果、いじめられたり、都合よく使われたりした。しかし、強い姿勢を示し、妥協しない態度を取るようになってからは、相手の態度も一変した。
今では自分をなめてくる人はほとんどいなくなったのだ。
最後に、なめられなくなることで得られるメリットについてお伝えしたい。
そもそも、なめられる人生とは何か。それは、自分の時間や労力を相手に奪われ続ける人生である。理不尽な要求に振り回され、本来注ぐべきことに集中できず、気づけば人生の主導権を他人に握られている。
なめられない技術を身につけることで、自分の時間・選択・尊厳を取り戻すことができる。「相手との対等な関係」はなめられているかぎり、永遠に獲得することはできないのだ。
なめられなくなることで何が得られるのか。
第一に、人間関係が劇的にラクになる。無理な要求を突き返すことができれば、「便利屋」として扱われることはなくなり、対等な関係が築ける。
第二に、仕事での評価が変わる。意見をはっきり述べられる人は信頼され、責任あるポジションを任されやすくなる。
第三に、自分への信頼感、すなわち自己効力感が高まる。相手に振り回されず、自分の判断で行動できるようになるからだ。
なめられなくなるというのは、たんなるテクニックではない。人生を取り戻すための姿勢そのものだ。
誰かの顔色をうかがって生きるのではなく、自分の意思で舵を取る。その感覚は、人間関係だけでなくキャリア、家庭、さらには心の健康にまで波及するのだ。
私の書いたビジネス書『なめてくるバカをだまらせる技術』(アルファポリス)を読んだ方が、「これからはもうなめられない」と確信し、堂々と自分の人生を歩みだしてくれることを、心の底から願っている。