「いつも私だけ扱いが雑」「待ち合わせをするといつも遅刻される」「損な役回りを押しつけられがち」
気にしても仕方ないと思いつつ、「私、なめられてるのかな」と悩んでしまう。そんな人は少なくないようです。じつは、この「なめる/なめられる」問題はささいなことのようで、人間関係、仕事、ひいては人生すべてさえ左右する重要なトピックスです。
実業家でライターでもある黒坂岳央氏は、グローバルな環境での勤務経験、独立起業を経て、「なめられると人生で損をする」という真理にたどり着いたそうです。この連載をまとめ、加筆・改稿したビジネス書『なめてくるバカをだまらせる技術』が、アルファポリスより好評発売中です。
「なめられる」といっても、どこか平和な人間関係があって、なめる側もなめられる側も仲がよい、そんなイメージを持っている人もいるかもしれない。だが、それはなめられているのではない。親しまれているだけだ。本当になめられてしまうと、その損失は計り知れない。
ビジネスはうまくいかず、浅い人間関係しか築けず、もちろん恋愛も失敗する。なめてくるやつらにいいように利用され、人生そのものを台無しにされてしまうのだ。
少し長くなるが、私がそう結論づけるにいたった、自分自身のエピソードを書いておきたい。
私は中学生の頃、いじめの標的にされていた。きっかけは、クラスのリーダー格の男に、軽いジャブ程度のいじりを受けたときだった。
「お前、なんかしゃべり方変じゃない?」
そんな軽口程度のものだったので、そのときはっきりと「やめろ」と言えばよかったのだが、トラブルをおそれた私はヘラヘラ笑ってその場をごまかした。だがその瞬間、私が弱者であることを見透かされた。
翌日から、こづかれたり、バカにされたりして、周囲のクラスメイトを巻きこんだいじめの日々が始まったのだ。
今でもはっきりと覚えている出来事がある。母親が早朝から作ってくれた弁当にいたずらをされたのだ。弁当を開けると、箸でグサグサと刺された跡があった。
母は、食べるときに心がホッとしますようにと、海苔などでご飯に顔を描いてくれていたのだが、その心を踏みにじられた気がした。このときはあまりの悔しさに耐えられず、教室で号泣してしまった。
いじめを受けていたのもあって、勉強にもつまずき、成績は落ちる一方だった。そうして逃げるようにゲームにハマり、やがて私は不登校となった。
そんな生活を送っていたため、受験もうまくいかず、当時の私の学力では、治安悪め、暴力多め、地元の大阪でもっとも偏差値が低い底辺工業高校に進学するしかなかった。
そこは、万引きを武勇伝として語る不良、授業を崩壊させて教育実習の先生を泣かせる問題生徒、教師が生徒に注意すると学校に乗りこんでくるチンピラのような親など、まさにヤンキーマンガに出てくるような無法地帯だったのだ。自分はとんでもないところに来てしまったと思った。
とはいえ、中学時代に苦い思いをし、二度といじめられないようにしなくてはと考えていた私は、特殊警棒、メリケンサック、鉄の入った安全靴を通販で買い、つねに持ち歩くことにした。
そうして周囲に、「オレに手を出すなよ」と虚勢を張っていたのだ。