では、面接は形式だけにして、告発の恐れがないエントリーシートを軸にした採用活動をすればよいのかと言えば、それも違う。AIの進化は就職活動に大きく影響しており、エントリーシートや志望動機、学生時代に力を入れた、いわゆる「ガクチカ」の作成は、ほぼ完全に生成AIによって代替されている。学生はChatGPTなどに企業の理念や求める人物像を読み込ませ、「主体性があり、協調性に富み、御社の課題解決に貢献できる」といった完璧なテキストを出力させる。
一方の企業側も、膨大なエントリーをさばくために採用管理システムを導入し、効率的なスクリーニングを行っているところもある。これはもはや人間同士の対話ではなく、「AIが生成した優等生的なテキストを、企業側のAIが高評価して通過させる」という、人間不在のスパムフィルターとスパムボットの騙し合いに等しい。
このゲームにおいて勝ち残るのは、泥くさい挫折経験やリアルな葛藤を持つ人間ではない。アルゴリズムが好む型をいかに早く正確になぞるかという「表面的なタイパ・コスパの最適化」に長けた人間である。思考を外部に丸投げすることに抵抗がない自称・合理主義者たちにとって、この手のゲームをハックすることなど造作もないことだ。
このように採用フィルターの崩壊を経て、無傷のまま現場へ送り込まれてきたZ世代新入社員は、もちろん使い物にならない。指示待ち姿勢、他責思考、そして少しのストレスでの突然の離職といった行動を取り、職場を混乱に陥らせる。
生ぬるい選考はZ世代の社会人としての覚悟を醸成しない。就活時も「お客様気分」だった彼らは、入社してからも「お客様」のまま、サービスを受容しようとする。ここにおけるサービスとは「やりがいのある仕事」「最強の履歴書の材料」「心身ともに気を遣ってくれる上司」などである。だからこそ、現場で少しでも自分の思い通りにならない業務を与えられたり、認知的負荷のかかる複雑な人間関係に直面したりしても、彼らはそれを「自分が乗り越えるべき壁」とは認識しない。単に「この会社は配慮が足りない」「サービスが悪い」「タイパが悪い」と他責にし、瞬時にシャッターを下ろす。
近年、爆発的に利用者が増加している退職代行サービスの隆盛は、この消費者マインドの最たる例である。彼らは、上司に直接退職の意思を伝え、引き継ぎを行うという社会人として当然のコミュニケーションすら放棄し、数万円の手数料を払って外部業者に丸投げする。これは彼らにとって労働問題の解決やキャリアの決断などではなく、気に入らなかったサブスクリプションの「解約ボタン」を押すのと同じ、単なる消費者としての解約行動にほかならない。