ビジネス書業界の裏話

作家が書きたいことと、読者が書いてほしいこと

2016.08.25 公式 ビジネス書業界の裏話 第14回

筆が立つ人ほどはまりやすい陥穽(かんせい)

原稿を書くときに陥りやすいのが、自分の書きたいことばかり書いてしまうことだ。
「自分の書きたいことを書いて何が悪いんだ」と思われるかもしれないが、これも以前に触れたとおり、作家が書きたいものを書いたときには、ほぼその本は売れないという法則がある。
新人作家の場合、本が売れる・売れない以前に、編集者からNGが出る。
歌いたい歌ばかり歌っていれば、歌っている人は気分がよいが、聞いている人は辟易(へきえき)するものである。

本は、作家が書きたいことを書くための媒体といえないこともないのだが、何より読者が読みたいことが書かれたものでなければならない。
読者の読みたいことに応えていれば、どんなに作家が書きたいことを書きたいように書こうとも、何の問題も生じない。

しかし、はっきり言って、作家の書きたいことと読者の読みたいことは、たいていすれ違うものだ。
講演などのライブであれば、聴衆の反応が眼前に示されるため、途中で軌道修正も可能だが、原稿を書いている段階では、読者は目に見えない。編集者も傍らに付き添っているわけではない。そこで、ついつい自分のお気に入りのことばかり書いてしまいがちとなる。
これは文章にある程度自信のある人が、特に陥りやすい隘路(あいろ)である。

どんなに文章がうまかろうと、読者から遠く離れた原稿では、決して読者はついてこない。
読者がついてこない本とは、読み手のいない本である。
本に読み手がいなければ、それはもはや本といえない。単なる印刷物である。
自分の書きたいことを半分程度に抑えることも、伝えるための技術といえる。
自分の恣意(しい)、放縦(ほうしょう)を抑えることは、作家にとって基本マインドなのだ。
こう書くと、それでは以前にここで書いた「信じることを恐れずに書け」という話と矛盾するではないかと言われるかもしれない。

しかし、信じることを書くというのは、読者の存在を忘れて自分が書きたいことを書きたいように書くということではない。
もし、何か溜飲(りゅういん)が下がったように気分よく物が書けたときには、果たして読者に伝わるものを書いたのかと疑ってみるべきである。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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