小さな幸せの見つけ方

素直に謝ることの大切さ

2018.05.07 公式 小さな幸せの見つけ方 第19回
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「ごめんね」のひと言

先日、ちょっとしたことで妻と口げんかをすることになりました。発端は本当に些細なことでしたが、お互いに謝ることを拒み続けていたら、気が付くと、口論の中に過去の話や本題とは関係のないことが飛び出し、結果的に当初とはまったく関係のない内容の口げんかとなっていました。

これに気が付いた私は、この状況がなんだか可笑しくなってしまいました。そして、これでは永遠にけんかは終わらず、無駄な体力と時間を使うだけだと思い、勇気を振り絞って「ごめんなさい」と口にしました。正直に言うと、ほとんど自分自身に非があるとは思っていませんでしたが、とりあえず自分に非があることを断腸の思いで認め、妻に謝りました。

すると、妻も少しずつ落ち着きを取り戻し、彼女自身の言動を反省するようになりました。そして、自分には非はほとんどないと思っていた私自身も、自分に問題があったのではと反省するようになり、その結果、お互いが本当の気持ちで謝り、けんかは終わりました。

お互いが謝り、また笑顔でいつものように会話ができるようになったとき、私はとても安堵し、何とも言えない解放感に包まれました。そして、もっと早く謝っていれば、こんなに疲れることもなかっただろうと後悔しました。

しかし実際、このけんかを完全に終結できたのは、口げんかが起こったその日ではなく、それから数日後でした。その間、お互いトゲトゲしい言動をし、疲れる生活をしていたのです。「平穏な生活」がいかに素晴らしいものかを感じた出来事でした。

仲直りした数日後、土曜日ということもあって、朝から家の近くにある公園へ娘と遊びに行きました。公園ではたくさんの子どもが遊んでいました。そこで私が娘と砂場で遊んでいると、そこにはお母さんが見守る中、幼稚園児くらいの兄弟が二人で遊んでいました。そして私の娘もその中に混ぜてもらい、楽しく遊んでもらいました。

しかし、しばらくすると、砂場遊び用のおもちゃの取り合いで兄弟げんかが始まりました。力の強いお兄ちゃんがおもちゃを弟くんから取り上げ、独り占めしてしまったのです。弟くんは、悲しくて泣いていたのですが、そのうちに怒って、砂場の砂を右手で掴み、お兄ちゃんにめがけて投げつけました。すると、今度はお兄ちゃんが泣き出しました。二人をなだめながらも、お互いの行為に対して怒るお母さんも大変そうでした。

そんな中、お兄ちゃんが泣きながら「ごめんね」と弟くんに言いました。すると、弟くんは「いいよ」と泣きながら返答し、お兄ちゃんの頭についた砂を払い、「お兄ちゃん、ごめんね」と口にしました。そして、二人はまた仲よく遊び始めたのです。

そんな二人を見届けて、私と娘は昼食のために砂場を後にしました。そして、帰宅しながら、二人の兄弟の素直な「ごめんね」という言葉のキャッチボールが、自分とはあまりに対照的で感心していました。そして、ふと思ったのが「なぜ、あんなに素直に謝ることができるのだろう」「なぜ自分は素直に謝ることができないのだろう」ということでした。

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プロフィール

大來尚順
大來尚順

1982年、山口県生まれ。僧侶でありながら、講演や執筆、通訳や仏教家関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。
ビジネスマンの悩みを仏教の観点から解決に導く著書『端楽(はたらく)』や、英語に訳せない日本語の奥深さを解いた『訳せない日本語』(ともにアルファポリス)が好評のほか、国内外を問わず仏教伝道活動を広く実践している。

著書

小さな幸せの見つけ方

「日常の中にある、普段は気づきにくい“幸せ”を再発見すること」をテーマとした、著者自身の実体験による24話のエッセイ。人間にとって本当の“幸せ”...

訳せない日本語

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端楽

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