「静かな過負荷」と聞くと、心の持ち方を変えればいい話に見えるかもしれません。
でも、それだけでは少し足りません。
作業療法士として23年間、人が崩れる瞬間と、そこから戻っていく過程を見てきました。その中で何度も感じてきたのは、人のしんどさは、その人の中だけで起きているわけではない、ということです。
どんな仕事をしているか。
どんな人と関わっているか。
どんな期待を背負っているか。
どんな役割から降りられずにいるか。
そういう組み合わせの中で、体も心も反応しています。
作業療法には、人を「本人の能力」だけで見ない考え方があります。
その人が、何をしているのか。
どんな環境でしているのか。
そこに、どんな意味や責任がくっついているのか。
たとえば、同じ会議でもそうです。
意見を言いやすい場なら、集中できます。
けれど、何を言っても否定される空気の中では、発言する前から体が固くなる。
同じメール返信でも、相手の機嫌や、上司の反応や、あとから起きる面倒まで想像しながら書くメールは、ただの文字入力ではありません。
それはもう、小さな戦闘です。
負荷は「やっていることの量」だけでは決まりません。
行為と環境と責任の組み合わせで、重さが変わります。
だから、しんどさを感じたときに、すぐ自分の性格や根性の問題にしなくていいのです。
もしかすると、いまの自分と、毎日の形との間に、少しずつズレが生まれているのかもしれません。