現段階で農林水産省は、「生産費の算出では、公的な統計を基に、現場での実態を反映させるような修正が可能となる方式」とした。作付面積では最も多い1~3ヘクタール(ha)未満の生産費が代表値で、費用のうち労働費は他産業の水準を考慮する。
鈴木憲和農林水産相は、「生産者の再生産・再投資が可能で、かつ消費者にも理解が得られる価格水準」を目指すとしている。政府による価格介入はしないが、参考値として示すようだ。いずれ、産地ごとの事情や経営規模との関係、利潤の確保のほか、水準いかんでは輸入米との競合をどう考慮するかが課題となって来よう。
今回のコスト指標は、「民間‐民間」の取引指標として活用されるものと位置づけられているが、当然、「民間‐国・地方公共団体」の取引でも、活用、尊重されるべきものではないか。3カ月遅れだが、26年産の政府備蓄米買い入れが4月14日に始まる。同年の総量は21万トンである。
政府物資であるから、法令の定めによって、入札は「予定価格」の上限内で最も低価格のものから落札する。この予定価格には、「コスト指標」が用いられて然るべきと考えている。26年産米の相場を形成することになるが、「政府は価格にコミットしない」という発言との関係はどうなるのか。
入札放出米や随意契約放出米の買戻しも、入札または「見積り合わせ」であろうから、これらも、市中価格に影響を与えること必至だ。
3月23日の農水省食糧部会において、生産者系の委員から、「コスト指標の活かし方が分からない」、「活かし方を教えて欲しい」との発言があったと報じられた。もともと強く要望していた側なのではないか。
今回の食料システム法では、盛んに「適正な取引」が言われている。適正な取引が行われるためには、当事者らの制度の活用が求められる。
反対語となる「適正でない取引」となんだろうか。独占禁止法では、「不公正な取引方法」「不当な取引制限」が掲げられ、いずれも厳しく罰せられる。一方、零細多数の生産者の集まりである農業協同組合には、労働組合でいうところの団結権、団体交渉権に近い権利が与えられ、組合員が団結し適正な取引確保へ交渉することにまったく問題ない。
農協がカギを握るとも言え、権利と義務に邁進することが期待される。食料システム法内でも、公正取引委員会という強い駆け込み寺が用意されている。
認可を受けた民間機関が算定したコスト指標を価格交渉での共通土台にすること自体は、「一つの参考」であり問題がなさそうに見える。しかし、「これは政府が認めた最低線(あるいは上限)だ」として扱われることが容易に予想され、スタート時の善意の意図を逸脱し一人歩きすることも多い。
特にコメの関係者には国に責任を押し付ける「クニガクニガ病」が色濃く残っているから、もう一度、「食料・農業・農村基本法」の基本的精神「需給事情及び品質評価の適切反映と食料の持続的供給(に要する合理的な費用の考慮)」、要するに「価格は競争で、所得は経営政策(所得補償)で」に立ち返るべきではないか。
世界の農業政策の潮流も、農産物価格と農家所得の分離が主流であって、価格の判断は事業者に任せようではないか。所得補償には膨大な財源が必要との説が喧伝されているが、明治大学の作山巧教授は「いま生産調整に要している経費に比べて、むしろ安上がりになる、国民計算上は所得補償の方が経済収支尻はプラスだ」と解説する。
「コスト指標が先にあって、『需給も』考慮する」ではない。需給事情がまずあって『コスト指標も』考慮・参酌される。旧食管法の生産者米価(政府買入価格)決定における『経済事情の参酌』に際しては、需給事情が最優先の運用であった。
ただし、日本のコメ産業は生産者から卸、小売りへの流通過程が開かれておらず、数多くの関係者が参加する公正・公開の「マーケットが存在しない」に等しい。現在価格、将来価格の判断のよりどころがない。これが、「一方的な売り手市場だったり、一方的な買い手市場だったり」の根源だ。現場で生産継続の見通しが立たないのも、公正・公開の市場が価格を通じて正しい需給のシグナルを送れていないことに根本的な問題がある。
政府が行うべきは、公正・公開市場の整備とその機能の発揮である。「価格は需給の体温計=余計な手出しは、病状を悪化させる」と心得なければならない。
敢えて付言するならば、「価格が下がる商品は需要を喚起し、価格が上がる・高止まりする商品に将来はなく、イノベーションも起こらない」と考える。