「文学」を掲げたイベントに集まる人々……出版不況、書店の減少が叫ばれるなか、「文学フリマ」が生む熱気の正体とは?

2026.05.07 Wedge ONLINE

 文芸担当記者の重要な仕事の一つに、芥川賞と直木賞の候補者を取材するというものがあるが、そこでもこうした変化を感じた。多くの書き手には文学(特に小説)が社会的に特別な位置を占めているという意識はなく、映画や漫画などと横並びになっていると感じた。「映画は一人で撮れないから小説を書いている」と公言する作家もいた。もちろん、僕が学生だった2000年代前半も文学が特権的な文化だという「権威」は薄れていたが、まだ残り香みたいなものはあって、だからこそ、その権威への反発や「売れないこと」への危機感から新たな試みも生まれたように思う。けれど、2020年前後にはそうした残り香さえすっかりなくなっていた。

 そして、文学フリマ。それは、僕たちが参加した頃とは全く規模の異なるイベントになっていた。

 会場は青山ブックセンターのイベントスペースではなく、幾度かの場所の変更を経て、僕が文芸担当になった頃には東京流通センターという羽田空港にほど近い大きなイベントホールになっていた。2019年5月に開催された回の来場者は5千人を突破。会場を訪れると、その広さと人の多さに驚いた。色とりどりののぼりやポップでブースを飾り立て、あちこちで会話の輪ができ、とてもにぎやかだ。販売されている作品の種類も実に多様で、第1回で多く見られた小説や評論のほか、短歌や俳句などの詩歌、エッセイ、日記、ノンフィクションなどなど。テーマも個性にあふれ、競馬からストリップまでユニークなものも目についた。一般的な「文学」の枠から外れるようなものも見受けられるが、2022年には出店者の中から芥川賞作家も生まれた。そして、文学フリマは東京だけではなく、日本各地で開かれるようにもなっていた。

 これは、何なのだろうか。

 僕は記者だ。記者は取材をするものだ。20周年となる2022年11月に東京で開催された文学フリマに合わせ、事務局や出店する作家、来場者を取材し、またかつてのサークル仲間に声をかけて同人誌を作り出店もしてみて、新聞向けとインターネット向けの記事を書いた。これまでの変化をまとめ、その要因についての見解や来場者が何に魅力を感じているかを伝えた。

 いったんはそれで気持ちが落ち着いた。けれど、その後、ネット記事を見た編集者から本を書いてみないか、という話をもらった。すると、またぞろ疑問が湧いてきた。

 出版不況が叫ばれて久しいのに、なぜ「文学」を掲げるイベントにこれだけの人が集まるのか。SNSや投稿プラットフォーム「note」でいくらでも情報発信できるのに、なぜ紙の本を作り、対面で販売するのか。地方での開催は地域にどのような影響を与えているのか。商業出版文化との関係はどうなっているのか……。

 まだ取材が足りない気がしてきた。

 既に担当は文芸から映画に変わっていたが、時間を見つけて地方も含めた文学フリマに足を運び、関係者に話を聞いた。そうする内に、文学フリマの規模の拡大が、より広い社会状況の変化の中に位置づけられるように思えてきた。とはいえ、それは一つの原因によるのではない。まるで複数の波紋が重なり合って大きな波を作るように、いくつかの原因が絡まり合って生じた現象のようだった

 文学フリマについて語ることを通して、文学を巡る状況、出版文化を巡る状況、引いては社会の変化の一側面を浮き上がらせることができるかもしれない。そう考え、この本を書くことに決めた。

 2024年12月1日、文学フリマ東京は会場を東京ビッグサイトに移して開催された。コミケも開かれる国内最大の国際展示場だ。オープンに先立ち、事務局代表を務めていた望月倫彦さんが出店者たちに向けてこんなアナウンスをした。