「気持ちのいい選択肢はだいたい間違い」修羅場化したSNS空間で炎上しないために

株主の権利行使と適切なコミュニケーションは両立する

――それは「大人の対応」では済まされないですね。

小松氏 この迷惑系YouTuberは、どのような理由であれ再生数が伸びれば利益につながると考えていたようです。事件後のインタビューでは「民事で裁判しても出費は30万円程度で済む」という弁護士の誤った助言を信じ、費用対効果の面から判断していたと語っています。

 つまり「仮に訴えられても経済的には得だ」と考え、迷惑行為をやめなかったということです。しかし最終的にはYouTubeのアカウントを削除され、収入も失う結果となりました。

――最近では、上場企業の従業員を侮辱したとして、元上場企業の執行役員でもあったインフルエンサーが、警察から事情聴取を受け書類送検される事案がありました。

小松氏 彼は株主として、いわゆるアクティビズム活動(株主による企業経営への介入)を行っていただけだと主張しています。彼はXに「いや、ぶっちゃけ、もし有罪になっても判例を見ると罰金9000円からせいぜい10万円でしてw」と投稿しており、仮に罰金刑となっても自身の収入や資産からすれば微々たるものだとして、攻めの姿勢を崩さないことを優先しているようです。

 もっとも、これは現行の侮辱罪のペナルティが低すぎることを逆手に取ったものであり、問題視すべき姿勢です。実際、テラスハウス事件などを契機として侮辱罪の厳罰化が進んでいます。私自身もVAZの社長時代に、DMに届く罵詈雑言に心をすり減らすYouTuberを多く見てきました。ネット上の炎上は、時に人の命を脅かすほど深刻な問題だと感じています。

――当該インフルエンサーのケースを整理すると、どうなりますか。

小松氏 今回の件では、侮辱罪に該当するような投稿を行った点が問題だったといえます。また、報道に対して「こんなことで訴えていたら、言論を萎縮させることにつながりかねない」と発言していますが、侮辱罪での書類送検が「株主の権利の抑制」に直結するかのような主張は誤りであり、その点を混同しているように見受けられます。

 株主としての正当な権利行使と、適切なコミュニケーションを維持することは両立します。適切な言葉を用いながら、会社や経営陣に対して「株主の意向を踏まえた経営を行うべきだ」と主張することは可能です。会社法でも、株主と経営者間の関係を定める規律として、株主総会はもちろんのこと、少数株主権の行使なども規定されています。

SNSで「アクティビストの過激化」が進むおそれも

――本来はSNS上ではなく、法律やビジネス常識の枠内で主張すべきだということですね。

小松氏 基本的にはそのとおりです。必ずしもSNS上での株主としての意見表明を否定するものではありませんが、少なくとも適切な言葉で主張すべきです。

 昨今では、株主総会においても株主権の濫用が問題視されています。過去の例として、野村ホールディングスは「野菜ホールディングスに社名を変更せよ」といった大量の株主提案を受けたことがありました。このような大量の株主提案の問題を受けて会社法が改正され、株主提案は1人10件までに制限されました。

 また、今後もSNSによって株主によるアクティビズムが過激化していくおそれがあると考えています。

――アクティビズムの過激化とは、具体的にどういうものでしょうか。

小松氏 アクティビズムの過激化とは、会社法が規定する株主の権利の本来の目的を超えて、自己実現や注目獲得を狙う動きのことです。特にインフルエンサーは、SNSでの発言が注目を集めやすく、それが経済的利益につながるため、過激な主張をすればするほど費用対効果が高くなります。これは迷惑系YouTuberの傾向にも似ています。