●この記事のポイント
・EUが2035年のエンジン車禁止方針を事実上撤回。EV需要失速と中国製EVの脅威が背景にあり、「EV一点突破」は現実の前で修正を迫られた。脱炭素政策の転換点を読み解く。
・日本でも2028年からEVへの新税検討が進み、「EV優遇」の時代は終焉へ。欧米で相次ぐEV戦略の修正とフォードの巨額損失が示す、脱炭素と経済性の限界とは。
・EUの方針転換で再評価されるトヨタの「マルチパスウェイ」。EVは終わらないが、強制的なEVシフトという幻想は崩れた。世界の自動車産業は現実主義へ回帰している。
2021年、欧州連合(EU)が打ち出した「2035年までにエンジン車の新車販売を事実上禁止する」という野心的な方針は、世界の自動車産業にとって事実上の“踏み絵”だった。各国政府、完成車メーカー、部品サプライヤーは一斉に「EV一点突破」へとかじを切り、巨額の投資が雪崩を打って流れ込んだ。
しかし、その大義はわずか数年で大きく揺らぐ。2025年12月16日(現地時間)、EUの執行機関である欧州委員会は、2035年規制の骨格を修正し、エンジン車を事実上“復活”させる方針を正式に打ち出した。脱炭素の旗手を自任してきたEUが、自ら掲げた理想を引き下げた瞬間だった。
●目次
欧州委員会が示した新方針の核心は明快だ。2035年時点の新車CO?排出量削減目標を、従来の「2021年比100%削減」から「90%削減」へと緩和する。この一見すると小さな「10%」の差が、業界の構図を一変させる。
この修正により、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)は「完全な禁止対象」から外れ、事実上の延命が認められた。EV一本足打法を強いられてきた欧州メーカーにとって、これは“救済措置”にほかならない。
背景にあるのは、深刻なEV需要の失速だ。ドイツ、フランスをはじめとする欧州各国では、財政悪化を理由にEV購入補助金が相次いで縮小・廃止された。結果、価格競争力を失ったEVは一般消費者から敬遠され、販売は急減速した。
自動車アナリストの荻野博文氏はこう指摘する。
「EUのEV政策は、補助金という“ドーピング”が前提でした。補助金が外れた瞬間、消費者の本音が露呈した。充電インフラ、航続距離、価格――どれもエンジン車を完全に上回ったとは言えなかったのです」
EUが方針転換を余儀なくされた理由は、需要不振だけではない。より深刻なのは、中国製EVの急速な浸透だ。
BYDやSAIC、吉利汽車といった中国メーカーは、圧倒的なコスト競争力を武器に欧州市場へ攻勢をかけている。EUがEV一本化を続ければ、域内メーカーは価格で太刀打ちできず、自動車産業という基幹産業を中国に明け渡しかねない。
今回、EUが全長4.2メートル以下の小型EVを対象に新カテゴリー「M1E」を創設し、域内生産車を優遇する仕組みを導入したのも、その危機感の表れだ。
「脱炭素という理想の裏で、EUは産業空洞化の現実に直面した。環境政策と産業政策が正面衝突した結果、後者を取ったのが今回の修正です」(同)