イオンモールのBCP(事業継続計画)は、日本の地震・台風対策を通じて蓄積された知見を基盤としている。しかし、それをそのままベトナムに持ち込むことはしなかった。
ベトナムにおける主要リスクは「洪水・停電・断水」の3点に集約される。しかし、近年の世界的な異常気象により、ベトナム中部から北部沿岸部では台風の上陸頻度が急増している。この変化を捉え、同社は昨年から「台風」を第4の主要リスクに位置づけ、対策範囲を即座に拡大した。
途上国における都市インフラの脆弱性を前提とし、現地では一般的でない、いわば「過剰」ともいえるレベルの対策をあえて講じる。例えば、停電や断水が起きても営業を継続できる独自のバックアップ基準を設けるなど、現地の事情に即した「工夫」が不可欠なのである。
今回の水害において、イオンモール フエが果たした役割は単なる小売業の枠を遥かに超えていた。
「地域が困難に直面している時こそ、安心して過ごせる場所を提供すべき」という経営思想に基づき、同社は館内のイベント広場である「アプリコットコート」などを避難スペースとして開放した。多くの住宅が浸水し、安全な場所を求めていた住民に対し、電気、水道水、そしてWi-Fiを無料で提供したのである。
さらに、総合スーパー(GMS)は水害下でも営業を続け、食料や生活必需品を途切れさせることなく供給し続けた。スマートフォンの充電スペースを求めて集まった人々にとって、そこは単なるショッピングモールではなく、生命を繋ぐ「ライフライン」そのものであった。
この対応に対するSNS上の反響は、大きかった。2025年10月末からの約1カ月間で、Facebookを中心としたポジティブなリアクションの総数が約76万件に達したほどだ。

現地では「イオンだけが安全だった」「助かった、ありがとう」といった感謝の声が相次ぎ、報道機関や一般ユーザーによる称賛コメントは約2,500件寄せられた。ベトナム人教師のAnh先生(@Vvlessonanh350)による称賛ツイートは1万件以上の「いいね」を獲得し、日本経済新聞の記事にも3万件超の「いいね」が集まるなど、その評価は国境を超えて広がった。
「安全な砦」という評価は、平時の利便性や価格競争力ではなく、地域の危機に際していかに「頼れる存在」であり続けたかという「非常時の実装力」によって勝ち取られたものである。
イオンモール フエが沈まなかった理由は、単なる土木技術の高さではない。「商業施設は地域インフラである」という思想を、設計段階からのリスクを踏まえた投資と徹底したデータ主義で貫き通した結果である。
気候変動が常態化し、自然災害の激甚化が進むアジア市場において、真に「強い企業」の定義が変わりつつある。それは売上の規模ではなく、有事の際に「地域を支え、止まらない強さ」を持つことである。イオンモール フエの事例は、日本の技術と誠実さが、アジアの課題解決にどう貢献できるかを示す、新たなグローバル展開のスタンダードとなるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)