
●この記事のポイント
米大手資産運用会社が脱炭素枠組みNZAMから相次ぎ離脱し、トランプ政権は温室効果ガス規制の根拠である「Endangerment Finding」を撤回。EV義務やCCS規制も緩和され、米国は経済優先へ大きく転換した。一方、EUはCBAM(炭素国境調整)を本格導入し、鉄鋼などに最大200億円規模の追加コストが発生。脱炭素は終焉ではなく「米国の自由放任」と「欧州の規制強化」に分断され、日本企業には市場別の二正面戦略が不可避となっている。
世界の脱炭素は、いま明確な「分岐点」に立っている。これまで気候変動対策の象徴とされてきた国際金融枠組み「ネットゼロ・アセットマネジャーズ・イニシアチブ(NZAM)」から、米国の大手資産運用会社が相次いで離脱。さらにトランプ政権が環境規制の根幹を揺るがす政策転換を打ち出したことで、脱炭素の“グローバル標準”は崩れ始めた。
だが、この変化は「脱炭素の終焉」を意味するのか。それとも、より現実的な競争の始まりなのか。金融・産業・政策の三層から、その本質を読み解く。
●目次
2026年春、NZAMは活動を再開した。しかし、その中身はかつての姿とは大きく異なる。新たなガイドラインでは、象徴的だった「2050年ネットゼロ」という明確な数値目標が削除され、さらに「受益者利益より脱炭素を優先する」という強いコミットメントも事実上撤廃された。
これは単なる方針転換ではない。投資の論理が、「社会正義」から「法的リスクと収益性」へと回帰したことを意味する。
背景にあるのは、米国内で急速に高まった訴訟リスクだ。ブラックロックやステート・ストリートなどの大手運用会社に対し、共和党系州が「化石燃料企業への投資制限は市場競争を歪める」として提訴。ESG投資そのものが、独占禁止法違反の疑いをかけられるという逆転現象が起きた。戦略コンサルタントの高野輝氏はこう指摘する。
「NZAM離脱は理念の後退ではなく、“リスク回避の合理的行動”です。資産運用会社にとって最大の責務は受益者利益であり、政治対立の最前線に立つことではない。ESGはあくまで“手段”であり、“目的”ではなかったという原点回帰が起きています」
この流れを決定づけたのが、トランプ政権による一連の政策だ。なかでも象徴的なのが、2009年以来の米国環境政策の法的根拠であった「温室効果ガスの危険性認定(Endangerment Finding)」の撤回である。これは、EPA(環境保護庁)が温室効果ガスを規制する権限の根拠を自ら手放すに等しい。
その影響は広範に及ぶ。EV販売義務の無効化、火力発電所へのCCS(CO2回収・貯留)義務の撤廃、メタン排出規制の緩和など、脱炭素政策の“骨格”が一気に崩れた。エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏はこう語る。
「従来は“脱炭素をどう進めるか”が論点だったが、いま米国では“そもそも規制するのか”に議論が逆戻りしている。これは単なる政策変更ではなく、ゲームのルール変更です」
この政策転換は、産業構造に明確な“勝ち負け”をもたらす。
まず自動車産業では、米国市場において内燃機関(ICE)の延命が現実味を帯びる。特に高利益のピックアップトラック市場は再び拡大し、EV投資の回収期間は長期化する可能性が高い。