一方で、日本や欧州メーカーは厳しい立場に置かれる。欧州ではEVシフトが制度として固定されており、米国向けICEと欧州向けEVの「二重投資」を強いられるからだ。
エネルギー分野でも同様だ。米国ではシェールオイル・ガスの増産が加速し、火力発電のコスト競争力が再評価される。一方で、欧州や日本は再生可能エネルギーや原子力への依存を強めざるを得ず、エネルギーコストの格差が拡大する。
さらに深刻なのが製造業である。安価な電力を背景に米国の国内回帰(リショアリング)が進む一方、欧州は炭素国境調整措置(CBAM)によって“高炭素製品”の排除を進める構えだ。
2026年、EUはCBAMの本格運用を開始した。これは、輸入製品に対して製造時のCO2排出量に応じたコスト負担を求める制度であり、事実上の「炭素関税」である。
日本企業への影響はすでに試算されている。炭素価格が1トンあたり100ユーロ水準で推移した場合、鉄鋼分野では年間150億〜200億円規模の追加負担が生じる可能性がある。アルミや化学分野でも同様に、数%単位で収益を圧迫する。
しかも、この負担は時間とともに増加する構造にある。EU域内企業に与えられている無償排出枠が段階的に削減されるため、輸入品に課されるコストは年々重くなる。高野氏は次のように警鐘を鳴らす。
「米国は政治でルールを変えるが、欧州は制度で縛る。CBAMは一度動き出せば止まらない“固定コスト”です。日本企業にとっては、最も無視できないリスクはむしろこちらです」
では、脱炭素は本当に「経済成長の敵」なのか。この問いに対しては、冷静な再評価が必要だ。確かに再生可能エネルギーの導入には系統整備などの追加コストが伴う。しかし、発電コストそのものはすでに多くの地域で化石燃料を下回っている。さらに、エネルギー自給率の低い日本や欧州にとって、脱炭素は安全保障政策そのものでもある。
また、需要側の動きも見逃せない。マイクロソフトやグーグルといったグローバル企業は、サプライチェーン全体に対して脱炭素を要求し続けている。政治が後退しても、企業間取引における“脱炭素要件”は消えていない。環境経済学の専門家はこう述べる。
「脱炭素はコストではなく“競争条件”に変わりつつある。特にグローバル市場では、排出量の少なさ自体が製品価値の一部として価格に反映されるフェーズに入っています」
こうしたなか、日本は最も難しいポジションに立たされている。米国は「規制緩和によるコスト競争力」を武器にし、欧州は「制度による市場選別」を進める。両者の間で、日本企業は単一の戦略では立ち行かない。求められるのは、「二正面戦略」だ。
すなわち、米国市場では規制緩和の恩恵を取り込みつつ、欧州市場では脱炭素要件を満たすサプライチェーンを維持する。そのためには、生産拠点やエネルギー調達を市場ごとに最適化する高度なオペレーションが不可欠となる。
同時に、日本独自の制度設計も問われる。GX-ETS(排出量取引制度)の価格が欧州より低水準にとどまれば、その差額はCBAMを通じてEUに吸収される構造になりかねない。これは実質的な「富の流出」を意味する。
今回のNZAMの変質と米国の政策転換は、脱炭素の終わりを意味しない。むしろ、それは「単一の正解が存在しない時代」の到来を示している。米国は経済合理性を優先し、欧州はルールで世界を縛る。そして企業は、その両方に適応しなければならない。高野氏は最後にこう総括する。
「トランプ政権の規制緩和は短期的には“追い風”に見える。しかし政権が変われば一転して“逆風”になる。一方で欧州の制度は不可逆的です。だからこそ企業は、短期の利益と長期の制度リスクを同時に管理する“ポートフォリオ思考”が不可欠になります」
「脱炭素は死んだのか」という問いへの答えは明確だ。それは死んだのではない。より冷徹で、より現実的な“競争のルール”へと姿を変えただけである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)