中国客45%減でも消費16%増…インバウンド市場で起きた「静かな革命」

 つまり、消費の主役が「モノの所有」から「体験」へと移行しているのである。欧米豪の旅行者は、ブランドバッグを大量に購入する代わりに、日本の居酒屋文化を楽しみ、機能性の高い日本の衣料品を買い、生活家電やガジェットを自国で使うために購入する。

 この違いは、インバウンドビジネスの収益構造にも大きな影響を与える。

欧米豪客が増えた「意外な理由」

 ではなぜ、中国客が減少する一方で欧米豪の旅行者が増えているのか。その理由として浮かび上がるのが、皮肉にも「混雑の解消」である。観光庁関係者は次のように指摘する。

「欧米豪の富裕層は、団体観光や過度な混雑を嫌う傾向があります。コロナ前の京都や銀座は、中国団体客で非常に混雑しており、欧米豪の旅行者にとっては必ずしも快適な旅行先ではなかった側面があります」

 つまり、中国団体客の減少によって観光地の混雑が緩和され、日本が「静かに滞在を楽しめる旅行先」として再評価された可能性があるのだ。

 旅行スタイルの違いも大きい。中国客は短期滞在、都市部集中、モノ消費中心だが、欧米豪客は長期滞在、地方分散、体験消費中心だ。欧米豪の旅行者は平均滞在日数が長く、地方にも足を伸ばす傾向がある。その結果、宿泊費・飲食費・アクティビティ費用などが積み上がり、一人あたりの消費額は中国客より高くなるケースも多い。これは、日本の観光産業にとって極めて重要な意味を持つ。

地方に広がる「アドベンチャーツーリズム」の可能性

 さらに注目されているのが、欧米豪の旅行者が好むアドベンチャーツーリズム(AT)だ。アドベンチャーツーリズムとは、自然体験や文化体験を組み合わせた観光形態で、トレッキング、スキー、サイクリング、地域文化体験などが含まれる。この市場は世界的に急速に拡大している。

 観光庁によれば、世界のAT市場は約70兆円規模とも推計されており、特に欧米の高所得層に人気が高い。湯浅氏は次のように語る。

「日本は自然環境や文化資源の面でアドベンチャーツーリズムの潜在力が非常に高い国です。北海道、東北、北陸、四国、九州などは世界的に見ても魅力的なフィールドですが、これまでインバウンド政策は都市観光に偏りすぎていました。欧米豪客の増加は地方経済にとって大きなチャンスです」

 特に地方では、「不便さ」や「手つかずの自然」そのものが価値になる。豪華ホテルや大型免税店ではなく、小規模高級宿、ガイド付き体験ツアー、地域文化体験といったサービスが高い付加価値を生む可能性がある。これは人口減少に悩む地方にとって、新しい経済モデルとなり得る。

インバウンドは「第2フェーズ」に入った

 これまで日本のインバウンド政策は、訪日客数という「頭数」を重視してきた。しかし、今回の統計が示したのは、人数ではなく消費構造こそが重要であるという現実だ。特定の国に依存した観光市場は、政治・外交・為替・景気の影響を強く受ける。実際、中国客の急減はそのリスクを浮き彫りにした。

 一方で、市場を多様化すれば、リスク分散と収益向上の両方が可能になる。湯浅氏はこう指摘する。

「インバウンドはすでに“量の競争”から“価値の競争”に移っています。安売りツアーや免税ショッピングに依存するモデルでは、長期的に持続可能な観光産業は作れません。重要なのは、どの市場にどの体験価値を提供するかという戦略設計です」

 つまり、日本の観光産業は今、第2フェーズの入り口に立っているのである。

爆買い依存を脱した企業だけが生き残る

 インバウンド市場は今後も拡大すると予想される。だが、その恩恵を受けられる企業は二極化する可能性が高い。

勝つ企業
・体験価値を提供できる
・高単価市場を狙う
・地方資源を活用する

苦戦する企業
・爆買い依存
・免税ショッピング中心
・価格競争モデル

 つまり、これまでの「回転率重視の薄利多売」から、単価重視の高収益モデルへの転換が不可避になっている。中国客の減少は、日本の観光業にとって一見すると逆風に見える。しかし、その裏側では、インバウンドの質が確実に変わり始めている。

 爆買い依存から脱却し、体験価値を磨いた企業だけが、高単価市場の果実を手にする。中国客半減という「ピンチ」は、日本を世界基準の高収益型観光大国へと進化させる、歴史的な転換点なのかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫氏/観光政策アナリスト)