ヒト型ロボットがハーフマラソンで「人類超え」…中国フィジカルAIの衝撃

 冷却技術については、液体冷却システムの小型・高効率化が主流の方向性となるだろう。さらに長期的には、人間の「発汗」——皮膚表面からの水分蒸発による冷却——を工学的に模倣するバイオミメティクス(生体模倣)の応用が研究されている。体表面に細孔を設けて冷媒を循環させる「人工発汗機構」は、マラソンのような高負荷・長時間タスクにおいて最も効率的な冷却アーキテクチャになり得るという見方がある。

 安達氏の見解によれば、「バッテリー交換の課題は5年以内にほぼ解決される可能性が高い。一方、熱管理の問題は素材・設計・制御の三位一体でアプローチしなければならず、より長い時間軸を要する」という。

なぜ「中国」が独走するのか——エコシステムの厚み

 今回の大会で特筆すべきはもう一点ある。優勝したHonorは、ロボット専業メーカーではなく、スマートフォンブランドだということだ。2013年にHuaweiのサブブランドとして発足し、2020年に独立した企業が、わずか数年でヒューマノイドロボットの世界記録を打ち立てた。これは偶然ではない。

 スマートフォン産業で磨かれた「小型・高密度設計」「精密な熱管理」「大量生産コスト管理」のノウハウは、そのままヒューマノイドロボットの設計思想に直結する。Honor以外にもXiaomiがロボット開発を本格化しており、スマホ産業が育てたエンジニアリングDNAが、中国のフィジカルAI産業に流入している。

 産業政策の後押しも強力だ。市場調査会社トレンドフォースは2026年4月、中国における人型ロボットの生産台数が前年比94%増加するとの予測を発表した。工業情報化部によると、中国の人型ロボット業界では2025年が「量産元年」との共通認識があるとされる。国家戦略のもと、補助金・優遇税制・インフラ整備が集中投下されている。亦庄だけでも100社以上のロボット関連企業が集積し、政府は100億元(約1,390億円)の開発基金を設けている。

 こうした投資環境が、「失敗前提」の高速な開発サイクルを可能にしている。AgiBotは2025年12月に5,000台の量産出荷を達成し、2026年には数万台規模の出荷目標を掲げている。プロトタイプをできる限り早期に「フィールド」に投入し、失敗から学ぶ——このアプローチが、機械学習の燃料となるリアルワールドデータを指数関数的に蓄積させている。

日本の「強さ」と「盲点」

 日本のロボット産業の地力は本物だ。ハーモニック・ドライブ・システムズは波動歯車装置で世界シェア50%を持ち、ナブテスコやハーモニック・ドライブ・システムズなど精密減速機メーカーは世界シェア90%を占める。産業用ロボットでは世界シェア約46%を誇る。これらは、ヒューマノイドの「心臓部」にほかならない。

 しかし、中国企業はアクチュエータの内製化を進めており、日本のハーモニック・ドライブ・システムズに依存しない体制を構築しつつある。これにより部品コストの大幅な削減が実現している。

「部品は世界最高なのに、システムとしてのロボットを社会に実装する速度で遅れを取っている」と安達氏は指摘する。

「問題は技術力ではなく、制度設計と『完璧でなければ出さない』という文化的慣性にある。中国が100回試して10回成功するサイクルを回している間、日本は1回の成功に向けて準備している」

「身体知(Embodied AI)」という概念がある。ChatGPTのような大規模言語モデルが「言語」を習得したように、フィジカルAIは物理世界の中で体を動かすことによって「動き方」を学習する。この学習の質と量を決定するのは、現場でのリアルな稼働データだ。実装の遅れは、すなわちAI学習データの格差に直結する。

ビジネスの主戦場は「画面の外」へ

 世界のヒューマノイドロボット市場規模は2026年の62億4,000万ドルから、2034年までに1,651億ドルに成長すると予測されている。物流、建設、介護、製造——あらゆる「体を使う労働」がフィジカルAIの射程に入りつつある。

 今回の「50分26秒」は、走ることの記録更新ではない。それは、AIが画面の中から物理空間へと飛び出し、人間の仕事領域に入ってきた歴史的な号砲だ。

 少子高齢化と労働力不足に悩む日本にとって、フィジカルAIの普及は「福音」となる可能性がある。しかし、その技術の主導権を他国に握られたまま「ユーザー」にとどまるのであれば、それは産業競争力の観点から見て別の問題を生む。

 日本が問うべきは「中国に勝てるか」ではない。「部品の優位性をシステムの優位性に転換できるか」「安全基準とスピードの両立という独自の価値を世界に提示できるか」——この問いへの答えを、企業も政府も今まさに迫られている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=安達祐輔/ロボットエンジニア)