白黒パッケージは序章にすぎない…ホルムズ海峡封鎖が招く「インク・接着剤」枯渇

 化学産業に詳しい戦略コンサルタントの高野輝氏はこう指摘する。

「エネルギー安全保障の議論では長年、原油備蓄が焦点とされてきた。しかしナフサは”材料”として扱われ、同じ中東依存でも国のセーフティネットの外に置かれてきた。今回の危機は、縦割りの盲点が製造業の根幹を揺るがすという、制度設計上の欠陥を白日の下にさらした」

「インク不足」が止める、意外な現場

 インク不足の波及は、食品パッケージにとどまらない。

 物流の生命線も例外ではない。段ボールへのインクジェット印字、伝票のカーボン紙、物流ラベルの粘着剤(アクリル系接着剤もナフサ由来)――これらが滞れば、ECサイトの配送も止まる。国内製造業の約3割がナフサ調達リスクに直面する可能性があるとされており、「燃料費が上がる」にとどまらない、現物が手に入らないという構造的な危機が進行している。

 建材・自動車現場では、シンナー(ほぼナフサ由来の溶剤)や補修用塗料が出荷制限に入りつつある。断熱材のフェノール樹脂やウレタン、外壁塗料を薄めるシンナー、塩ビ管(PVC)はいずれもナフサ由来であり、納期の遅れや着工不可の現場が出始めている。

 衛生用品も同様だ。下流では、おむつ、マスク、衛生用品などに石油化学誘導体を使用する企業が、夏以降も緊張が続けばコスト上昇の可能性を指摘している。

「ナフサ分解炉を動かすと、エチレン・プロピレン・ブタジエン・BTX(ベンゼン・トルエン等)が同時に生産される”連産品”構造になっている。一カ所の停止が下流の複数製品ライン全体を一斉に揺るがす。今回の危機は第1波(燃料)→第2波(日用品・パッケージ)→第3波(建材・自動車)→第4波(医療機器・機能性化学品)という時間差を伴う連鎖として進行しており、白黒パッケージはその”第2波”の可視化にすぎない」(高野氏)

「豊かさの土台」の脆さと、問われる備え

 2020年時点では中東からのナフサ輸入依存度は53.1%だったが、2024年には73.6%に急上昇した。中東からの供給が安定していて安価だった時期には、原料供給源の多様化は経済的に魅力のないものだった。その結果、業界は計画的なアプローチではなく、緊急事態の中で対応に追われるという集中リスクを抱えることになった。

 ジャスト・イン・タイム(必要なものを必要なだけ)という効率優先の在庫管理は、平時には合理的だ。だが民間在庫20日分というナフサのバッファーは、エチレンプラントの再稼働に最低30日以上かかるという現実と組み合わせると、緩衝材としては機能しない。

 政府は現在、川下製品(ポリエチレン等)の在庫活用と非中東ルート(米国・南米・東南アジア)からの調達拡大を並行して進めているが、ナフサ供給の安定化には、ホルムズ海峡情勢の沈静化に加え、米国産ナフサへの調達ルート切り替えの定着が必要で、最低でも2026年内、長ければ2027年前半まで影響が続く可能性がある。

 白黒のパッケージは、私たちが享受してきた「豊かさの土台」がいかに細い一本線の上に成り立っていたかを示す、最もわかりやすい警告灯だ。「中東で何かが起きた」というニュースは、これまで燃料費や電気代の問題として認識されてきた。しかし今回の危機が明らかにしたのは、それがインクであれ、接着剤であれ、おむつであれ、私たちの日常を構成するあらゆる素材が、ホルムズ海峡という幅40キロメートルの水道に依存しているという事実だ。

 企業が今、問われているのは「危機への対応力」だけではない。平時において地政学リスクをどこまで自社の調達戦略に折り込み、多様化・備蓄・代替材開発へ投資してきたかという「構造の強さ」そのものだ。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)