年間契約100万ドル超の顧客は2026年2月の約500社から4月には1000社超へと、わずか2カ月で倍増した。Bristol Myers Squibbが3万人以上の従業員を対象に創薬・製造・規制文書対応にClaudeを全社展開すると発表したのは、こうした動きを象徴するケースだ。
アンソロピックが金融・医療・法務といったコンプライアンス要件の厳しいセクターで存在感を高めている背景には、創業時から貫く「Constitutional AI(憲法的AI)」の思想がある。AIモデルが守るべき原則を文書化し、訓練プロセスに組み込むこのアプローチは、当初は研究上の関心事にすぎなかった。しかし規制当局のAI監査が強化された今、同社の安全性へのこだわりは、企業の「AI調達審査(プロキュアメント)」における最大の差別化要因に転じている。
「コンプライアンス部門は、ベンダーのAI倫理方針を契約条件の一部として審査するようになっています。安全性の証明書類を体系的に整備しているAIプロバイダーは、それだけで選考を有利に進められるのです」(同)
5月4日、アンソロピックはブラックストーン、ヘルマン&フリードマン、ゴールドマン・サックスと共同で、15億ドルの資本を持つAIネイティブな企業向けサービス会社の設立を発表した。アポロ、ジェネラル・アトランティック、GIC(シンガポール政府投資公社)、セコイア・キャピタルも参画する。
この合弁会社の設計思想が興味深い。同社はコンサルティングファームではなく、Claudeに精通したエンジニアを中堅企業に直接送り込み、ワークフローごと再設計することを主眼に置く。ゴールドマン・サックスのマーク・ナックマン氏は「自前では一流のAIエンジニアを雇えない企業にも、フォワードデプロイエンジニアへのアクセスを民主化する」と述べる。アンソロピックは自社でコンサル組織を抱えるリスクを取らず、金融業界の巨大なポートフォリオ企業群を一気に獲得する「レバレッジ型の拡張戦略」を選択した。
同月19日には、世界約27万6000人の人員を擁するKPMGとのグローバルアライアンスも発表された。KPMGのクライアント向けAIプラットフォーム「Digital Gateway」にClaudeを直接組み込み、税務・PEファンド向けサービスを共同開発する。さらに同日、日立製作所とも戦略的提携を締結。約29万人の従業員にClaudeを全社展開し、うち10万人をAI人材として育成する計画だ。エネルギー・交通・製造・金融といった「ミッションクリティカルな社会インフラ」への浸透を、日立の110年分のドメイン知識を活かして加速させる狙いがある。
このほか、デロイト(47万人展開、2025年10月発表)、PwC、アクセンチュアなどのBig4・大手SIerとのパートナーシップが既に稼働しており、世界最大規模の「Claude配布網」が形成されつつある。
ただし、楽観は禁物だ。アンソロピック自身も、Q2の黒字が通年で持続しない可能性を明示している。次世代フロンティアモデルの訓練フェーズに入れば、インフラコストが再び先行し、四半期単位での赤字に沈む局面もある。また一部アナリストは、SpaceXとの計算資源調達契約に含まれるとされる優遇条件が一時的な利益を底上げしている可能性を指摘する。
現在、同社は企業価値9000億ドル超の評価を前提に追加資金調達の交渉を進めており、IPOは2026年秋とも噂される。今回の黒字化の予測は、こうした資金調達・上場の文脈での情報開示でもあり、その点は割り引いて読む必要がある。