だからこそ立ち上げたのがPR Collective Asiaだ。ASEAN6カ国のPR専門家と連携し、日本本社の戦略とローカルの実行を繋ぐ「ミッシングピース」を埋める専門家集団である。「日本人がどれだけ頑張っても、そこで生まれ育った人のローカルインサイトには限界がある。逆もまた然りです」。その認識が、このネットワークの原点にある。

基調講演に立った味の素株式会社代表執行役社長・中村茂雄氏は、研究者出身だ。アミノ酸をベースにした機能性材料の開発に20年以上従事し、半導体パッケージ基板用絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム®」を世に送り出した。ラテンアメリカ本部長・ブラジル味の素社社長を経て、2025年2月に代表執行役社長に就任した。
味の素グループは現在、世界31の国と地域・121拠点に展開。売上高1兆5800億円(2025年度)のうち海外比率は約6割。アジア単独で事業利益の41%を生み出している。
「アジアはもはや当社グループの心臓と言える存在です」
その成長を支えてきた哲学が「3現主義」だ。現地スタッフが市場に足を運ぶ、現金で取引する、現物を販売する。この3原則を徹底することで、店主とのダイレクトな信頼関係を積み上げてきた。フィリピンを起点に始まり、今やアジア全域の基本的な考え方となっている。
商品開発では、その徹底ぶりが際立つ。フィリピンの「ギニサン」、タイの「ロスティ」、インドネシアの「マサコ」、ベトナムの「アジンゴー」——いずれもパッケージも味の設計も異なる。しかしその根底に一本通っているのが「おいしさ設計技術」だ。アミノ酸の働きを分子レベルで解析し、その国の人がその国の味でおいしいと感じる配合を科学的に再現する。
「うまみは万国共通です。でも、おいしさは各国でバラバラ。自分たちのおいしさを押し付けるのではなく、相手のおいしさを見つけて再現する——それが私たちのグローバル展開の根幹です」
社会制度への踏み込みも紹介された。ベトナムでは2012年、農村部の子供の低身長・低体重と都市部の肥満という「二重の栄養課題」に直面した現地社員たちが声を上げ、採算を度外視したプロジェクトが始動した。2025年3月時点でベトナム全62自治体・4367校に給食メニューを届け、2017年にはベトナム初の栄養士43名を誕生させた。
「目の前の現実を見て、自分たちの子供の世代のことを思って経営陣に強く訴えました」
その声に応えた採算度外視のプロジェクトは、今ビジネスにも還元されている。給食で育った子どもたちが将来、家庭を持つときに同社製品を選ぶ。社会価値と経済価値の循環が、ここにも宿っている。
タイのキャッサバ農家との連携では、ウイルス病で脅かされる農家を支えるべく土壌診断・アミノ酸由来肥料の提供・教育プログラムを展開。収穫量は平均30%以上向上し、2024年のASEANアワードで金賞を受賞した。
3つの事例をまとめながら、中村氏はこう締めくくった。
「コーポレートブランドとは、製品のロゴでも広告のスタイルでもありません。3万5000名が世界31の国と地域で毎日積み重ねている価値創出そのものです」
続くパネルには、KADOKAWA・石原輝明氏、ダイキン工業・片山義丈氏、ロッテ・野津健次郎氏が登壇した。
ここでは話が進むにつれ、3社に共通する構造が浮かび上がってきた。「変えてはいけないもの」を守るために「変えるもの」を徹底的に変える、その判断の積み重ねがアジアでの現場を支えているということだ。