幹細胞・免疫細胞を凍結保存するビジネス…富裕層が殺到する「細胞の預金口座」

「細胞バンキングは、保管そのものより“いつでも取り出せる安心”を売る事業です。裏を返せば、施設の停電対策や品質管理体制が甘い事業者が撤退・倒産した場合、預けた細胞そのものが失われるリスクと常に隣り合わせだということを、利用者は理解しておく必要があります」(再生医療分野に詳しい医療アナリストの三好泰一氏)

マルチオミクス解析のプラットフォーム化

 第二のモデルは、DNA(遺伝子)検査にとどまらず、RNA・タンパク質・代謝物までを網羅的に解析する「マルチオミクス解析」の商業化だ。国内でもプロメガや理研ジェネシス、Rhelixa(レリクサ)といった企業が、研究機関向けにトランスクリプトーム(RNA発現)解析とプロテオーム(タンパク質)解析を組み合わせた受託サービスを提供しており、技術基盤そのものはすでに確立されている。

 この分野のビジネスとしての本質は、単発の検査収益にとどまらない点にある。継続的に取得される個人の健康データを、本人の同意を前提に製薬企業や研究機関へ提供するプラットフォームとしての側面が、事業の収益構造を左右する。

「単発の健康診断」から「時系列データとしての定期更新」へと顧客との関係をシフトさせることで、顧客生涯価値(LTV)を高める——これはSaaS(サブスクリプション型ソフトウェア)ビジネスの発想と極めて近い。実際、幹細胞バンキング市場のレポートでも、単純な凍結保存から、新生児の遺伝子配列を解析して健康リスクをマッピングする「バイオインフォマティクスとの統合」へと事業の重心が移りつつあることが指摘されている。

 ただし、こうしたデータ利活用ビジネスには、個人情報保護法上の要配慮個人情報(遺伝情報・病歴等)としての取り扱いや、データ提供先での二次利用の範囲をどこまで明確に同意取得できるかという課題が常につきまとう。マーケティング上の魅力と、コンプライアンス上のハードルは表裏一体である。

日本とグローバルの規制比較

 日本国内でこの種のサービスを展開する上で避けて通れないのが、2014年に施行された「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)」だ。

 同法では、細胞加工物(免疫細胞や幹細胞の加工品)を製造する事業者に対し、厚生労働大臣への届出または許可の取得を義務付けている。医療機関が院外で細胞加工を委託する場合も、委託先が届出・許可を得た事業者であることの確認が求められる。さらに再生医療等を提供する医療機関は、リスクに応じた提供計画を厚生労働大臣に提出し、認定再生医療等委員会の審査を経なければならない。無届のまま提供計画を提出せずに再生医療等を実施した場合は罰則の対象となる。

 日本再生医療学会も2024年以降、細胞保管のあり方に関するタスクフォースを設置し、細胞加工物の質を左右する保管方法についての考え方の整理を進めている。これは裏を返せば、「保管」というプロセス自体の品質管理が、業界内でもまだ発展途上の論点であることを示している。

 もう一つの壁が、薬機法・景品表示法上の広告規制である。「若返る」「がんにならない」といった効果効能を直接的に謳う表現は、承認を受けていない自由診療・民間サービスにおいては原則として認められない。そのため、コンプライアンスを重視する事業者ほど、GMP(医薬品等の製造管理及び品質管理に関する基準)やISO規格への適合といった「プロセス(品質管理体制)」を前面に出したマーケティングを行っている。効能を語れない以上、信頼を担保する材料は「どれだけ厳密に管理された施設で、どれだけ検証されたプロセスを経ているか」という一点に集約される。