この価格上昇の根本にあるのは、半導体メーカーが限られたシリコンウエハーの生産能力を、利幅の大きい高帯域幅メモリー(HBM)向けに優先配分している構造だ。HBMはAI向けGPUに搭載される高付加価値品であり、同じ製造ラインを使うのであれば、汎用DRAMよりHBM生産を優先する方が合理的だとされる。結果として、自動車や家電で使われる汎用メモリーの供給余力が構造的に細り、価格が押し上げられている。
自動車業界はパソコンやスマートフォンほど大量のメモリーを使うわけではないが、契約規模で優先度が決まる調達競争においては、AI関連企業に比べ交渉力で劣後しやすい立場にある。GMやフォードが数年単位の長期契約という「force majeure(不可抗力)」的な調達手段に踏み込んだ背景には、こうした構造変化がある。
車載半導体のサプライチェーンは国境を越えて統合されており、メモリーや先端ロジック半導体の多くを共通のサプライヤーから調達する構造は、日本メーカーも米メーカーも大きくは変わらない。GMが公表したコスト増加要因は主に米国事業に関するものだが、DRAM・NAND価格の上昇そのものは世界共通の現象であり、契約更改のタイミングで日本メーカーの調達コストにも波及していくとみるのが自然だ。
トヨタ自動車は、2026年3月期上期についても、労務費やエネルギーコストの上昇分を部品仕入れ価格に反映する取り組みを続けると説明しており、サプライヤーとのコスト分担の見直しは既に進行中だ。これに半導体価格の上昇分が加われば、企業努力や為替差益だけで最終価格を吸収し続けるのは一段と難しくなる。
理論的に自動車メーカーが取りうる選択肢は大きく二つに整理できる。一つは、コスト増を車両価格に転嫁する「値上げ」。もう一つは、価格を据え置く代わりに半導体調達を絞り、生産・納車のスケジュールを引き延ばす「減産・納期長期化」だ。過去の半導体不足局面では後者、すなわち生産調整による対応が主流だったが、今回はメモリー価格自体の高騰という「コスト構造の変化」が主因であるため、値上げという選択肢がより現実味を帯びる可能性がある。ただし、実際にどの程度の値上げ幅になるか、あるいは各社がどちらの対応を優先するかは、今後の契約交渉や為替動向次第であり、現時点で確定的な数字を予測することはできない点には留意が必要だ。
「自動車の半導体調達コストは、これまで『量産効果でいずれ下がるもの』という前提で設計されてきました。しかしAIデータセンター向け需要が恒常的な柱になったことで、その前提自体が崩れつつあります。自動車メーカーにとっては、半導体を単なる部品ではなく、鋼板や希少金属と同じ“戦略物資”として長期契約で確保する発想への転換が必要な局面に入っているといえるでしょう」(自動車アナリスト・荻野博文氏)
日本の自動車メーカーも手をこまねいているわけではない。トヨタやホンダなど国内メーカーは、半導体メーカーと連携し、車載半導体がどこでどのように生産されているかを共有する仕組みづくりを進めていると報じられている。地政学リスクや自然災害など不測の事態が起きた際に、代替調達先を素早く見つけられるようにする狙いだ。従来、自動車業界は巨大かつ多層的なサプライチェーンの全体像を把握しきれていなかった経緯があり、可視化はその弱点を補う取り組みと位置づけられる。
また、日本車が価格競争力の源泉としてきた「成熟プロセス(レガシー)半導体」の安価な調達という前提も、盤石とは言えなくなりつつある。半導体メーカー各社が利幅の大きい先端メモリーやAI向け製品に生産ラインをシフトする中、汎用・成熟プロセス品の生産能力そのものが相対的に細っていく可能性があるためだ。過去の半導体不足局面でも、トヨタが「自社は半導体供給の優先順位で上位に置かれにくい」という課題に直面した経緯があり、部品を「持たない経営」の限界が指摘されたことがある。今回のメモリー価格高騰は、こうした構造的な脆弱性を改めて浮き彫りにする材料といえるだろう。