「ポルシェの決断で興味深いのは、IT機能を『手放す』ことと『使い続ける』ことを両立させた点です。子会社を売却してバランスシートを軽くしつつ、契約というかたちで同じ人材・ノウハウへのアクセスを維持する。資本と機能を切り離す、今後の非中核事業再編のひな型になり得る取引だと考えています」(経営コンサルタント・田辺晃成氏)
売却される側のMHPは、1996年設立、従業員約4,500人、自動車・製造業・航空宇宙・エネルギー・防衛・公共部門など約300社の顧客を抱える、欧州でも有数の経営・ITコンサルティング会社だ。ただし2024年12月期の売上高は7億4,200万ユーロと前年比10.6%減となっており、必ずしも絶好調の企業を買収するわけではない。TCSが評価しているのは足元の業績以上に、MHPが30年かけて蓄積してきた自動車業界のドメイン知識——SAP導入、製造業のデジタル化、コネクテッドモビリティといった「現場を知るコンサルティング力」である。
TCSはこの買収と並行して、ポルシェ向けに「AIモビリティ・センター・オブ・エクセレンス」を設立し、エンジニアリング・製造・オペレーション・顧客体験の各領域にAIを実装していく方針を示している。K・クリティヴァサンTCS CEOは、「ポルシェの自動車領域における専門性と、TCSのデジタル技術・AI実装力を組み合わせることで、革新力をさらに強化する」との趣旨のコメントを出している。
この動きは単発ではない。TCSはこの8か月で、米コースタル・クラウドの買収(約7億ドル)、スペイン・テレフォニカとの約10億ドル規模の契約に続き今回の案件を成立させており、欧州事業の拡大とアウトソーシング企業からの脱却を急いでいることがうかがえる。なお本件はEUの企業結合審査、EU域外補助金規制、ドイツ連邦経済省の認可など複数の規制当局の承認が完了条件で、正式なクロージングは今後数か月かかる見通しだ。
「インド系ITサービス企業は長らく、欧米企業のバックオフィス業務やシステム保守を担う『コスト削減の受け皿』というイメージで語られてきました。しかし今回のように、顧客企業のコア機能に近いコンサルティング会社を丸ごと買収するのは、業界内でのポジション転換を象徴する動きです。単価の安いオフショア人材の提供者から、業界知識を持つ戦略パートナーへの脱皮が、ここ数年のインド系IT大手の共通した志向だと捉えています」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)
翻って日本に目を向けると、事情は大きく異なる。「情報子会社問題」として知られるように、従業員1,000人以上の企業の約4割、連結売上高5,000億円以上の大企業に限れば約7割が、何らかの情報システム子会社を保有しているとされる。経済産業省が2018年の「DXレポート」で指摘した「2025年の崖」問題も、根をたどれば親会社と情報子会社の間で企画機能と開発・運用機能が分断された構造に行き着く。
この構造には、一定の合理性があった時期もある。グループ内でシステムを内製化すれば、業務知識の蓄積や情報漏えいリスクの抑制、雇用の安定といったメリットが得られたためだ。しかしクラウドサービスやオフショア開発といった低コストの代替手段が普及するなかで、その優位性は年々薄れている。ある調査では、親会社が自社の情報子会社の「ソリューション提案力」に不満を持つ割合は41.1%、「コンサルティング力」への不満は40.8%にのぼるとされる。加えて、日本企業全体に占めるIT技術者の正社員比率は3%以下と、米国企業の水準の10分の1程度にとどまるとの指摘もある。