単発のハード販売から、顧客との関係が継続するストック型のデータビジネスへ。この転換は、企業の将来収益力(LTV)を押し上げる構造変化として、投資家からも注目されている。
プラットフォーム争いの最前線では、ビッグテックの動きが目立つ。グーグルは2026年5月にFitbitアプリを「Google Health」としてリブランディングし、同年8月にはバージョン5.05でワークアウトや睡眠、歩数、心拍数などのデータをアップルヘルスケアへ書き出せる双方向同期を、当初の予定より前倒しで実現した。2014年にアップルがHealthKitを打ち出した際、当時世界最大級のウェアラブルブランドだったFitbitが統合を拒んだ経緯を踏まえると、10年余りを経てようやくプラットフォーム間の垣根が緩み始めたことになる。もっとも、心拍変動(HRV)などグーグル独自の指標は同期対象から外れており、各社が自社エコシステムの核となるデータは手元に残そうとする姿勢もうかがえる。
こうしたOSレベルでのバイタルデータの囲い込みが進む一方、国内のスタートアップやヘルスケア企業は、別の土俵で勝機を探っている。鍵となるのが、日本人の遺伝的背景や食習慣、腸内細菌叢の特性に特化した解析アルゴリズムの開発と、医療機関や専門医、健康保険組合など専門機関との緊密な連携による「データの信頼性(エビデンス)」の担保だ。グローバルプラットフォーマーが持つ母集団データは欧米人を中心に構築されているケースが多く、日本人特有の体質や生活習慣に即した精度の高い提案を行うには、国内で収集した検体・データの蓄積がそのまま競争力になる。
ITジャーナリストの小平貴裕氏は次のように分析する。
「ビッグテックがハードウェアとOSという入口を押さえている以上、国内企業がそこで真正面から戦う必要はない。むしろ『日本人の体質データにどれだけ深く、正確にアクセスできるか』という一点に資源を集中し、医療機関との共同研究や学会発表を通じてエビデンスを積み上げるほうが、中長期的な参入障壁になる」
この市場に参入する企業が必ず直面するのが、コンプライアンス上の課題である。主に次の3つに整理できる。
第一に医師法である。医師法第17条は、医師でない者が医業(医行為)を行うことを禁じている。AIによる健康アドバイスが、個別の症状に対する「診断」や「治療方針の指示」とみなされれば、この規定に抵触しかねない。厚生労働省もAIを活用した医療機器プログラムの取り扱いについて整理を進めているが、事業者側には、AIの回答をあくまで「一般的な健康維持のための生活習慣アドバイス・参考情報の提示」にとどめるプロンプト設計と、診断や治療を目的としたものではない旨の注記(免責事項)を徹底することが求められる。
第二に個人情報保護法である。全ゲノムシーケンスデータなど一定の条件を満たすゲノムデータは、2017年施行の改正個人情報保護法により「個人識別符号」に位置づけられ、病歴やバイタルデータとあわせて厳格な管理が求められる要配慮個人情報として扱われる。取得時にはあらかじめ本人の同意を得ることが原則となり、とりわけ第三者提供や二次利用(B2B活用)にあたっては、何の目的で、誰に、どのような形で提供されるのかを本人が理解したうえで選択できる、透明性の高いオプトイン設計が欠かせない。個人情報保護委員会は「個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン」も別途示しており、遺伝情報を扱う事業者はこうした業界別ガイドラインに沿った運用体制の構築が、事業の信頼性を左右する土台となる。