もう一つは、決済・コマース領域での手数料である。MuseはすでにStripe Linkによるデジタルウォレット決済に対応し、Shopify Shop Payや1Passwordとの連携も計画されている。買い物や予約をAIが完了させる過程で生じる取引手数料は、同社が「探索中」と認める収益機会だ。
「メタが広告非連携を明言したこと自体、消費者の警戒心を和らげる狙いがあるとみられる。ただし中長期的には、エージェントが把握するユーザーの意図や嗜好の情報が、間接的に本体の広告事業の精度向上に還元されていく可能性は排除できない。当面の収益源として重要なのは、サブスクリプションよりもコマース手数料や、生活の中心的な接点を握ること自体の資産価値だろう」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)
第一に、無料に近い価格設定は、AIモデルそのものを商品として売る専業ベンダーの収益モデルを揺さぶる効果を持つ。メタは大規模言語モデル「Llama」シリーズをオープンソースで公開してきた実績があり、Muse Sparkの一部技術についても将来的なオープンソース化の方針が報じられている。高品質なAIエージェントが無料に近い形で流通すれば、モデル課金を柱とする競合の値付けの前提が崩れかねない。
第二に、配布力の差は圧倒的だ。Facebook、Instagram、WhatsAppという既存の巨大アプリ群を持つメタは、新規アプリのダウンロードを一つも必要とせずに、既存ユーザーへ一気にエージェントを届けられる。これは、ゼロからユーザーを獲得しなければならない専業AI企業にはない強みである。
第三に、ハードウェアとの垂直統合だ。Ray-Ban MetaやOakley Metaのスマートグラスでは、音声で自然に話しかけたり、カメラ越しに見えているものについて質問したりできる「Live AI」機能がすでに展開されている。9月下旬に開催予定のMeta Connectでも、さらなるウェアラブル連携の発表が見込まれる。「声」や「視界」を入力インターフェースとするこの布陣は、スマートフォンの画面をタップする従来型の検索行動とは異なる、新しい行動導線をメタに与える。
「配布力と無料化を組み合わせる手法は、メタが過去にInstagramやWhatsAppの成長戦略でも用いてきたパターンに近い。エージェント自体の性能で差別化するのではなく、既存の巨大な利用者基盤にどれだけ自然に溶け込ませられるかで勝負している点に注目すべきだ」(同)
一方で、この戦略にはリスクも伴う。メタは過去に2019年の50億ドル規模のFTC制裁金や、Cambridge Analyticaを巡るデータ問題、2026年8月には児童保護関連で18億ドル規模の和解に応じるなど、プライバシー・安全性を巡る問題を重ねてきた経緯がある。メール・カレンダー・決済情報にまでアクセスするMuseに対し、消費者やメディアからは信頼性を問う声も出ている。メタ側は、パスワードや決済情報へのアクセスを制限する専用の仮想環境「Muse Secure VM」や、権限を細かく制御する「Sentinel」機能、年内予定の「Muse Confidential VM」(メタ自身も内容を閲覧できない仕様)といった技術的な安全策を打ち出しており、この攻防が今後の普及速度を左右するとみられる。
検索行動を前提にした「SEO(検索エンジン最適化)」に対し、AIエージェントに自社の商品・サービスを選んでもらうための情報設計、いわゆる「AEO(Answer Engine Optimization、回答エンジン最適化)」や「GEO(Generative Engine Optimization)」への関心は、日本のマーケティング業界でもすでに高まりつつある。消費者が自らサイトを比較検討せず、エージェントに意思決定の一部を委ねる場面が増えるほど、企業側は自社データを構造化し、AIに正確かつ有利に参照されるための対応を迫られることになる。