照明の向こう側で

わたしは中高一貫校に通っている。校門の前には、いつも「アルバイト・芸能活動禁止」と赤文字で書かれた立て札が立っている。だけど、わたしはその裏側で、こっそりエキストラとして生きていた。

 最初に事務所に登録したのは、中学二年の夏だった。演劇部に入り、先輩の舞台に圧倒される毎日。学校の部活だけじゃ足りないと思った。もっと多くの“現場”を見たかった。もっと、多くの人の芝居や呼吸を浴びてみたかった。

 母に相談したら、あっさり「いいんじゃない? あなたが本気なら」と言われた。父も「バレないようにやれよ」と笑った。それで登録した。

 中学生の頃は、ネット配信ドラマの後ろを歩くだけだった。カフェの客Aとか、通行人Bとか。画面の隅っこにちょっとだけ映るだけ。でも、照明の熱やスタッフの息遣い、役者さんのセリフ一つひとつが、わたしの心を震わせた。

 謝礼金は少しだけ。でも、その封筒を開けると胸がいっぱいになった。自分で稼いだお金なんだ、と思うと。

 高校に上がる頃、少しずつ「動き」があるようになった。

 ある日の撮影で、監督が「そのまま、もう一歩前に出てくれる?」と声をかけた。たった一歩。でもその一歩は、わたしの世界を変えた。
 それからわたしは、ちょっとしたリアクションを任されることが増えた。有名俳優さんの横を通り過ぎる、というだけで震えそうになった。

 もちろん、同級生にバレた。
「ねえ、これアンタじゃない?」とスマホを突き出され、心臓が止まりかけた。
 でも、バラされたりはしなかった。彼女たちは面白がっていたし、誰も先生に告げ口なんてしなかった。

 先生は……気づいていたのか、いなかったのか。わたしは卒業まで一度も呼び出されることはなかった。提出物は出すし、成績もそこそこ。きっと、気づいていないふりをしてくれていたんだ、と今は思う。

 大学生になった頃、わたしは初めて映画のオーディションを受けた。映画は撮影期間が長く、高校生ではスケジュールが持たなかったから、ずっと諦めていた世界だ。

 大学の春。初めて映画のクレジットに、自分の名前が載った。
 その頃にはエキストラ事務所ではなく、専属の芸能事務所に移籍していた。“エキストラの子”ではなく、“役者の卵”として見てもらえるようになった。

 演技の仕事は、まだ小さな役ばかりだ。それでも、台本をもらえるようになったのが嬉しくてたまらない。

 ふと、高校の頃のわたしを思い出す。
 校門に立つ、「禁止」の立て札。
 その向こう側で、わたしは別の照明に照らされていた。

 あの頃の秘密の時間が、いまのわたしを作った。
 そう思うと、少しだけ誇らしい。

 次の撮影は、来週の夜。
 役名はまだ「女子大生C」だけど——でもわたしは、確かにあの世界の光の中に立っている。
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