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フィレンツェ

ゲームを始めましょうか?①

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「……」

 ぼんやりと意識が覚醒する。
 今何時だろうと思い、枕元に置いてあるスマートフォンで時刻を確認したところ、午前一時前だった。まだ夜中だ。でも、トモは相変わらず仕事をしているようで、リビングのほうから明かりが漏れている。


「頭痛い……」

 私はお酒のせいで気怠い体をベッドから起こして溜息をつく。

 またもや馬鹿なことをした……
 私は、何をしているんだろう……。酔っていたとは言え、泣いて話しちゃうなんて……

 頭が痛いのはお酒のせいなのか、それとも己の愚かな行動のせいなのか……


「……」

 まあでも、トモの気持ちが分かったから結果的には良かったのかしら?

 私のためならお父様と戦ってもいいって言ってくれて嬉しかった。……うん、そっか。結婚しても日本に帰らなくてもいいんだ。仕事も辞めなくていいんだ。

 
「良かった……」

 私はベッドの上で安堵の息をつく。

 でも、だからって……「そっか、結婚しよう」と言って今すぐトモを受け入れてもいいのか悩むところなのよね。

 政略結婚の相手の身上調査は当然のことかもしれないが、度を越えすぎている。看過できない……


「うーん……」

 でもストーカー気質なところは難ありだけど、彼に惹かれているのは事実なのよね。まだこれが恋なのかは分からないけど、懸念事項がなくなったこともあって彼となら政略結婚してもいいかなと思い始めてる。

 お父様の望みを叶えるのは癪に障るけど……。でもそれ以上に彼とお別れするのを寂しいと思っている自分がいる。

 けど、お酒なしで素直になるのは気恥ずかしいのよね。

「……いっそゲームに負けちゃえばいいのかな」

 そうよ、そうすればいいんだわ……!

 私はよいことを閃いて嬉しくなった。
 処女だから簡単にはイケないだろうから、焦ったりしょぼんとしたりするトモも見れるだろうし、きっと楽しい。

「そうよ。頃合いを見て、負けを認めちゃえばいいのよ」

 そんなことを考えていたらお腹がぐぅ~っと鳴る。その音にボッと顔に火がついて、誤魔化すようにお腹をさすりベッドから立ち上がった。

 そ、そういえば、夕食を食べていなかったわね……。何か……軽食とかあるかな。
 そう思い、私はベッドルームから出てリビングへと向かった。


 リビングへ向かうと、トモがお仕事をしていた。その――とても真剣な表情に、なんと声をかけたらいいか分からずその場から動けなかった。

 ど、どうしよう……
 普通に声をかけたらいいのに言葉が詰まって出てこない。

 私がその場に立ち尽くしていると気配に気づいたのか、トモが顔を上げた。絡んだ視線に心臓が跳ねる。

 う……。彼の想いを受け入れるって決めたら、なんだか彼を直視できない。

 私がもじもじしていると、トモが微笑みかけてくれる。


「おはようございます、花梨奈さん。よく眠れましたか?」
「おはよう、じゃないわよ。もうすぐ午前一時よ。まだ……夜だわ……」

 声をかけながら近づいてくるトモの顔を正面から見ることができずに、視線を外してモゴモゴと言葉を詰まらせながら、なんとか返事をする。

 ゲームをしてから負けを認めると決めたが、強く意識してしまっているせいか、心臓が早鐘を打っている。


「どうしました? 夕食を食べていないから、お腹が空きましたか?」
「う、うん……」

 指を下のほうでモジモジと交差させながら顔を逸らしたまま頷くと、彼が「ではルームサービスを頼みましょう」と言って、私の顔を覗き込みながら微笑んでくれる。


「え? いいの? ありがとう……」
「いえいえ。ほら、こちらで食べましょう。何が食べたいですか?」
「えっと……時間的にも軽いものがいいな。あ、パニーニにするわ」

 私がそう答えると、トモは頷いてフロントに電話をかけた。ほどなくして運ばれてきた生ハムとチーズがたっぷり使われているパニーニに目を輝かせる。

「わぁ! とても美味しそう!」
「こちらはトスカーナ州産のプロシュット・トスカーノが使われているらしいですよ」

 トスカーナの? 嬉しい!

 とても美味しそうなパニーニに、緊張していた顔がつい綻ぶ。

 今は緊張や困惑はどこかに置いといて、パニーニを食べよう。そして、寝直そう。


「花梨奈さん」
「ん?」

 あまりの美味しさに、無言でモグモグ食べていると、突然名前を呼ばれて彼を見る。
 私はトモが淹れてくれた紅茶を一口飲みながら、「何?」と聞き返した。

「もう大丈夫ですか?」
「何が?」
「とても酔っていましたけど、体の調子はどうですか?」
「あー、うん。大丈夫。大丈夫よ」

 ニコニコと頷くと、なぜかトモが大仰な溜息をつく。

「花梨奈さん、これからはお酒は全面的にやめましょうね」
「え? どうして?」

 そういえば、飲んでいる時もそんなことを言っていた気がするわ。

 どうしてそんなことを言われるのか分からない。私が首を傾げると、トモに少し呆れた目で見つめられた。

 解せない。
 そんな目で見られるようなことを昨日の夕方はしていないはずだ。むしろ飲んだからこそ、色々込み入った話ができたのに……


「どうしてって、花梨奈さんはお酒に弱過ぎです」
「そんなことないわ。ワインひと瓶飲んでも、へっちゃらよ」
「嘘をつかないでください。以前も、転んで怪我をして病院に行ったのを覚えていないんですか?」

 う……
 私が言葉に詰まるとトモがずいっと顔を近づけてくる。

「では、昨日カクテルを飲んだあとのことを覚えていますか?」

 その問いにドキッと心臓が跳ねる。
 私は大きく脈打つ胸中を悟られないように、なんでもない顔でパニーニの最後の一口を口の中に放り込んだ。

 モグモグと咀嚼して、ゴクンと飲み込んだところで、彼から視線を外したまま返事をする。

「……覚えてるよ」

 恥ずかしくてぼそぼそと返事をする。覚えていると告げたらどんな顔をするのかと思い、彼をちらっと見るとすごく落胆した表情をしていた。


「やっぱりお酒は全面禁止です」
「え? どうして? 覚えているって言ってるじゃない!」
「苦し紛れの嘘をつかないでください。今後、どうしても飲みたい時は僕と二人きりの時に少量にしてください」
「は? ……意味分かんない。大体嘘じゃないし」

 私がプイッとそっぽを向くと、トモの深い溜息が聞こえてくる。

 ひどい……! ちゃんと覚えてるのに!

 私は苛立ちをぶつけるように目の前の紅茶をごくごくと飲み干した。そしてティーポットから紅茶のおかわりを注ぎながら憎まれ口を叩く。

「トモのバカ。きらい」
「……花梨奈さん。もう元気そうですね」
「は?」
「貴方が元気になってよかったと言っているんですよ」

 少し怖い笑みを浮かべて、そんなことを言われてトモの意図が分からず、私は胡乱うろんな眼差しで彼を見つめた。

 すると、彼の手が伸びてきて私の腰にまわった。

「ちょっと、やめて。私、怒ってるんだからね」

 彼は私の言葉には返事をしてくれず、腰にまわした手に力を入れて私を引き寄せると顔を近づけ、耳元で囁いた。

「では、そろそろゲームを始めましょうか?」
「っ!?」
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