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ローマ
老舗名門ホテル
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「嫌っ!」
夢の中で父が私の手を掴む。それを振り払うと、視界に見慣れない部屋が飛び込んできた。
え? ここどこ?
二、三度瞬きをして体を起こすと無駄に広いリビングが目に入った。きょろきょろと見回すと、テラスからフィレンツェではない街並みが見える。
ドゥオーモも見えないし、知らない部屋だし、一体どうなってるの?
「ねぇ、トモ……ここどこ?」
いつのまに部屋変わったの?
それらを見ながら、トモに声をかける。が、返事はなかった。
普段なら私が起きたら、すぐ来てくれるのに……
「まさか、これは夢の続き? 私、お父様に連れてこられたの?」
それとも夢だと思っていたものが夢じゃなかった?
口に出すと急激に不安が襲ってくる。ふらふらとよろけながらテラスへ出ると、これまた無駄に広いソファーがあり、丸テーブルと五脚の椅子も置かれていた。
その瞬間、ここがどこかを理解した。
スペイン階段の上に聳え立つ――それ自体が観光名所と謳われるローマ随一の立地と格式を誇る老舗名門ホテルだわ……! その屋上に建てられたペントハウスよね、ここ。雑誌で見たもの。
「ここは映画でも有名な五つ星ホテルだよ、カリナ」
「シモーネ……」
「トモヒトなら、三階にあるフィットネス施設でトレーニングしてくるって言っていたよ」
テラスからローマ市内を見下ろしていると、シモーネが近づいてきて上着を肩にかけてくれる。
戻るよとジェスチャーをしながら、私の手を取ってくる彼について部屋の中に入った。
「それより、とてもうなされていたけど大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。それより、どうして私たちここにいるの? いつローマに? 移動した記憶ないんだけど」
「よく眠っていたから、トモヒトがそのまま車に乗せたんだよ」
混乱する私を見ながら、シモーネが困ったように笑う。
そんな……。景色を楽しみながら移動するのを楽しみにしていたのに……!
それにしても車に乗せられて長距離移動までしているのに、一瞬たりとも目を覚さなかった自分を殴りたい。いくらなんでもあり得ない……。いくら疲れていたからって、そんなことある? 自分で自分が信じられない。
目に入る夕焼けが――自分が夕方まで眠っていたことを物語っていて、とても情けなくなった。
「昨日あんなことがあったんだから仕方ないよ。トモヒト言っていたよ。夜中に何度もうなされて泣きながら起きて、朝方にようやくちゃんと寝つけたって……。だから、二人で話し合って起こさないことにしたんだ。ごめんね」
「ううん。私こそ、ごめんなさい……」
昨夜はルームサービスを食べたあと、トモは優しく抱いてくれた。エッチが終わったあと、疲労感からよく眠れると思ったんだけど……。そっか、そんなに何回も起きちゃってたんだ。
しょんぼりと肩を落とすと、シモーネが背中をさすってくれる。
「カリナが起きたってトモヒトに連絡を入れるから、食事にしようよ。リストランテとルームサービス、どっちにする?」
「えっと……ルームサービスにしようかな」
確かこのホテル、ローマ市内を見渡せるミシュラン一つ星のリストランテが入っているんだっけ?
とても興味があるんだけど、正直なところ楽しく外食する気持ちにはまだなれなかった。
「私のお兄様たちがローマにくるの。リストランテはその時の楽しみに取っておくわ」
私がそう言って苦笑いをすると、シモーネが「そのほうがいいかもね」と優しく微笑みながら、ルームサービスのメニューを持ってきてくれる。それを見ながらリビングのソファーに腰掛けた。
「トモヒトに連絡してくるから、これ見て選んでいて」
「うん、分かったわ。ちなみに何がおすすめ?」
「ピッツァかな。あと、カルボナーラも美味しいよ」
「そうね。じゃあそれを頼みましょう。えっと……あ! このロゼッタというパンも食べてみたいわ」
これ、ラツィオ州で有名な伝統的なパンだわ。一度食べてみたかったのよね。
「オッケー。あとは適当につまめるような物を頼んでおくよ」
「ありがとう。じゃあ、私シャワーを浴びてこようかな」
「……それは構わないけど、トモヒト嫌がらない?」
「大丈夫よ」
私はシモーネにひらひらと手を振りながら、バスルームへ向かった。
***
「ふぅ。なんだかシャワーって疲れるわね」
普段はそんなことないのに、髪や体を洗う一つ一つの動作が億劫に感じた。
……やっぱり疲れているのかしら?
「確実にお父様のことが原因よね……」
独り言ちながらリビングに戻ると、トモが拗ねた顔で待っていた。
「トモ、おかえりなさい。どうしたの? もしかして怒ってる?」
「別に怒っていません。今入浴しなくても構わないでしょう? ……花梨奈さんは無防備すぎるんですよ。次からは気をつけると約束してください」
「……それってシモーネがいるから? トモはシモーネを信用していないの?」
「信用はしています」
なら、どうして怒っているのよ。
ふんっと鼻を鳴らしながら拗ねたままのトモを放置して、テーブルに並べられた数種類のピッツァやパスタに目を向けた。すると、シモーネがくすくすと笑い出す。
「花梨奈が部屋に一人なら、トモヒトも拗ねたりしなかったと思うけど、自分以外の男と二人きりの状態で、無防備にお風呂に行かないでほしかったんだよ」
「でも、シモーネは変なことしないでしょ」
「それはそうだけど。分かっていても気をつけてほしいとも思うのが男心なんだよ」
「ふーん」
そういうものなのね。トモったら相変わらず心配性なんだから。
チラッとトモを見ると、まだ拗ねていたので隣に腰掛け、彼の腕に自分の手を絡める。
私のために、いつもたくさん心を砕いてくれているんだから、ここは私が譲るべきよね。それにこんなことで喧嘩をするのはよくないもの。
「これからは気をつけるわ。ごめんなさい」
「僕もすみませんでした。ですが、気をつけすぎだと思うくらい、気をつけてほしいんです。僕が言うのも何ですが……」
「ええ、分かったわ」
ニコッと微笑み頷くと、彼が私に抱きついてくる。その彼の背中をさすりながら、今後はしないと約束した。
そして三人でローマの観光スポットの話をしながら、ルームサービスで頼んだご飯を一緒に食べた。
「……」
やだ、なんだか眠いわ。
お腹がいっぱいになってくると、急に眠気が襲ってきて、私はごしごしと目を擦った。
あれ? おかしいな。起きたばかりなのに……。そんなにも昨夜は眠れていなかったのかしら?
「カリナ、眠い?」
「……ん。だいじょうぶ」
「花梨奈さん、大丈夫じゃありません。眠いなら我慢せずに眠ってください」
目を擦っていると、二人が私の顔を覗き込む。
「ごめん……お風呂で温まってお腹もいっぱいになったからかな? 結構眠いかも……。ちょっとだけ眠ったら起きるから……」
「花梨奈さん、眠いなら気にせずゆっくり眠ってください。あとで、ベッドに運んであげますから」
「ごめんなさい……」
トモの膝にぽすっと頭を置くと頭を撫でてくれたから、その手が心地よくて意識が微睡の中に落ちていった。
【挿絵:灰田様】
夢の中で父が私の手を掴む。それを振り払うと、視界に見慣れない部屋が飛び込んできた。
え? ここどこ?
二、三度瞬きをして体を起こすと無駄に広いリビングが目に入った。きょろきょろと見回すと、テラスからフィレンツェではない街並みが見える。
ドゥオーモも見えないし、知らない部屋だし、一体どうなってるの?
「ねぇ、トモ……ここどこ?」
いつのまに部屋変わったの?
それらを見ながら、トモに声をかける。が、返事はなかった。
普段なら私が起きたら、すぐ来てくれるのに……
「まさか、これは夢の続き? 私、お父様に連れてこられたの?」
それとも夢だと思っていたものが夢じゃなかった?
口に出すと急激に不安が襲ってくる。ふらふらとよろけながらテラスへ出ると、これまた無駄に広いソファーがあり、丸テーブルと五脚の椅子も置かれていた。
その瞬間、ここがどこかを理解した。
スペイン階段の上に聳え立つ――それ自体が観光名所と謳われるローマ随一の立地と格式を誇る老舗名門ホテルだわ……! その屋上に建てられたペントハウスよね、ここ。雑誌で見たもの。
「ここは映画でも有名な五つ星ホテルだよ、カリナ」
「シモーネ……」
「トモヒトなら、三階にあるフィットネス施設でトレーニングしてくるって言っていたよ」
テラスからローマ市内を見下ろしていると、シモーネが近づいてきて上着を肩にかけてくれる。
戻るよとジェスチャーをしながら、私の手を取ってくる彼について部屋の中に入った。
「それより、とてもうなされていたけど大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。それより、どうして私たちここにいるの? いつローマに? 移動した記憶ないんだけど」
「よく眠っていたから、トモヒトがそのまま車に乗せたんだよ」
混乱する私を見ながら、シモーネが困ったように笑う。
そんな……。景色を楽しみながら移動するのを楽しみにしていたのに……!
それにしても車に乗せられて長距離移動までしているのに、一瞬たりとも目を覚さなかった自分を殴りたい。いくらなんでもあり得ない……。いくら疲れていたからって、そんなことある? 自分で自分が信じられない。
目に入る夕焼けが――自分が夕方まで眠っていたことを物語っていて、とても情けなくなった。
「昨日あんなことがあったんだから仕方ないよ。トモヒト言っていたよ。夜中に何度もうなされて泣きながら起きて、朝方にようやくちゃんと寝つけたって……。だから、二人で話し合って起こさないことにしたんだ。ごめんね」
「ううん。私こそ、ごめんなさい……」
昨夜はルームサービスを食べたあと、トモは優しく抱いてくれた。エッチが終わったあと、疲労感からよく眠れると思ったんだけど……。そっか、そんなに何回も起きちゃってたんだ。
しょんぼりと肩を落とすと、シモーネが背中をさすってくれる。
「カリナが起きたってトモヒトに連絡を入れるから、食事にしようよ。リストランテとルームサービス、どっちにする?」
「えっと……ルームサービスにしようかな」
確かこのホテル、ローマ市内を見渡せるミシュラン一つ星のリストランテが入っているんだっけ?
とても興味があるんだけど、正直なところ楽しく外食する気持ちにはまだなれなかった。
「私のお兄様たちがローマにくるの。リストランテはその時の楽しみに取っておくわ」
私がそう言って苦笑いをすると、シモーネが「そのほうがいいかもね」と優しく微笑みながら、ルームサービスのメニューを持ってきてくれる。それを見ながらリビングのソファーに腰掛けた。
「トモヒトに連絡してくるから、これ見て選んでいて」
「うん、分かったわ。ちなみに何がおすすめ?」
「ピッツァかな。あと、カルボナーラも美味しいよ」
「そうね。じゃあそれを頼みましょう。えっと……あ! このロゼッタというパンも食べてみたいわ」
これ、ラツィオ州で有名な伝統的なパンだわ。一度食べてみたかったのよね。
「オッケー。あとは適当につまめるような物を頼んでおくよ」
「ありがとう。じゃあ、私シャワーを浴びてこようかな」
「……それは構わないけど、トモヒト嫌がらない?」
「大丈夫よ」
私はシモーネにひらひらと手を振りながら、バスルームへ向かった。
***
「ふぅ。なんだかシャワーって疲れるわね」
普段はそんなことないのに、髪や体を洗う一つ一つの動作が億劫に感じた。
……やっぱり疲れているのかしら?
「確実にお父様のことが原因よね……」
独り言ちながらリビングに戻ると、トモが拗ねた顔で待っていた。
「トモ、おかえりなさい。どうしたの? もしかして怒ってる?」
「別に怒っていません。今入浴しなくても構わないでしょう? ……花梨奈さんは無防備すぎるんですよ。次からは気をつけると約束してください」
「……それってシモーネがいるから? トモはシモーネを信用していないの?」
「信用はしています」
なら、どうして怒っているのよ。
ふんっと鼻を鳴らしながら拗ねたままのトモを放置して、テーブルに並べられた数種類のピッツァやパスタに目を向けた。すると、シモーネがくすくすと笑い出す。
「花梨奈が部屋に一人なら、トモヒトも拗ねたりしなかったと思うけど、自分以外の男と二人きりの状態で、無防備にお風呂に行かないでほしかったんだよ」
「でも、シモーネは変なことしないでしょ」
「それはそうだけど。分かっていても気をつけてほしいとも思うのが男心なんだよ」
「ふーん」
そういうものなのね。トモったら相変わらず心配性なんだから。
チラッとトモを見ると、まだ拗ねていたので隣に腰掛け、彼の腕に自分の手を絡める。
私のために、いつもたくさん心を砕いてくれているんだから、ここは私が譲るべきよね。それにこんなことで喧嘩をするのはよくないもの。
「これからは気をつけるわ。ごめんなさい」
「僕もすみませんでした。ですが、気をつけすぎだと思うくらい、気をつけてほしいんです。僕が言うのも何ですが……」
「ええ、分かったわ」
ニコッと微笑み頷くと、彼が私に抱きついてくる。その彼の背中をさすりながら、今後はしないと約束した。
そして三人でローマの観光スポットの話をしながら、ルームサービスで頼んだご飯を一緒に食べた。
「……」
やだ、なんだか眠いわ。
お腹がいっぱいになってくると、急に眠気が襲ってきて、私はごしごしと目を擦った。
あれ? おかしいな。起きたばかりなのに……。そんなにも昨夜は眠れていなかったのかしら?
「カリナ、眠い?」
「……ん。だいじょうぶ」
「花梨奈さん、大丈夫じゃありません。眠いなら我慢せずに眠ってください」
目を擦っていると、二人が私の顔を覗き込む。
「ごめん……お風呂で温まってお腹もいっぱいになったからかな? 結構眠いかも……。ちょっとだけ眠ったら起きるから……」
「花梨奈さん、眠いなら気にせずゆっくり眠ってください。あとで、ベッドに運んであげますから」
「ごめんなさい……」
トモの膝にぽすっと頭を置くと頭を撫でてくれたから、その手が心地よくて意識が微睡の中に落ちていった。
【挿絵:灰田様】
応援ありがとうございます!
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