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ローマ
診断書
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「寝坊しちゃった……」
目を擦りながら体を起こしスマートフォンで時刻を確認すると、もう九時だった。誰もいない隣を見ながら独り言ちる。
トモ、昨夜も遅くまで仕事をしていたみたいだけど、ちゃんと眠ったのかしら? まさか、寝ずに仕事していたりしないわよね……
そう思うと途端に不安になって、慌ててベッドから立ち上がると、ソファーの上に無造作に置かれた彼のスーツのジャケットが目に入った。
そのジャケットにゆっくりと手を伸ばす。
忙しいのに……お祖父様からのテストまで受けちゃって本当に大丈夫なのかしら?
「倒れたりしないわよね……?」
彼は私のためなら自分の体調をかえりみずになんでもしそうだから不安だ。そう思い、彼のジャケットに顔をうずめて頬擦りをするといつもの彼の香りがした。
トモに包まれているみたいですごく安心する……
「花梨奈さん、起きたんですか?」
「ひゃああっ!」
突然背後から声をかけられて飛び上がり、手に持っているジャケットに縋るように抱きつく。
心臓をバクバクさせながら振り返ると、私の叫び声にびっくりしたのかトモが驚いた顔のまま、固まっていた。が、すぐにいつもの笑顔に戻り近づいてきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おはよう。トモこそ、ちゃんと眠れた? 昨夜は何時に寝たの?」
スーツのジャケットをソファーにそっと戻しながら、質問に質問で返す。でも、彼の顔をちゃんと見られなかった。
さっきの……絶対に見られたわよね? うう、どうしよう……
思ったより声が震えてしまって、顔を俯けた。でも彼はそんな私を揶揄うことなく抱き締めてきた。
「トモ……?」
「ええ。もちろん眠れましたよ。花梨奈さんを抱き枕にすると、驚くほどに疲れが取れるんです」
「そっか……。なら、よかった……」
彼は先ほど私がソファーに戻したジャケットを手に取り、私に羽織らせてくれる。その意図が分からず、彼を見ると頬にキスが落ちてきた。
「トモ……あのこれ……」
「体を冷やすといけないので、それを羽織っていてください。話があるので……」
「話……?」
首を傾げると、彼は私の手を引いてベッドに座らせてくれる。並んで腰掛けると、途端に彼の表情が変わった。その神妙な面持ちに息を呑む。
「花梨奈さんはどこまで知っているんですか? ご両親のことを……」
とても言いづらそうに問いかけるトモに、きっと母のことを言っているのだと思った私は「全部よ。全部知っているわ」と返した。
母が心を病んでいることも、最近体調がよくなくてずっとベッドにいることも、すべて知っていることをひとつずつ言葉にしていく。その間、トモは私の手を握ってくれていた。
それがとても心強かった……
「では花梨奈さんはどうしたいですか?」
「え?」
「赤司さんが君に手をあげたのは、何もフィレンツェが初めてではないですよね? 僕としては君を苦しめた分、赤司さんに仕返しをしてやりたい……というのが本音です。だけど、これは僕の私的な感情なので無視してくれて構いません。お祖父様のテストのことなども気にせず、まずは花梨奈さんがどうしたいかを聞かせてください」
トモ……
彼の気持ちに驚く反面、私の代わりに怒ってくれていることがとても嬉しかった。
「そうね……お父様が社長を解任されるのは自業自得だし、罪を償うのも当たり前だと思うわ。だから、お祖父様やトモがしようとしていることに口を出すつもりもないし、今後お父様絡みで何が起きても私は受け止めるつもりよ」
「花梨奈さん……」
「でも、お母様がこれ以上心を病んでしまわないように配慮をしてほしいわ。それが私の望みよ」
祖父や兄たちが、父を憎む気持ちがあるように私にだってある。でもそれ以上に母は、もっと言いたいことや仕返ししたいことがあるだろう。
もし母が元気だったら、一体どうしたのかしら。どういう答えを出したのかしら?
そんなことを考えていると、涙がぽとりと落ちた。トモはその涙を拭ってくれながら、私の頭を撫でてくれる。
そのまま彼の胸に顔をうずめると、彼の優しい手が私の背中をさする。まるであやすような彼の手に、さらに涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、彼の服を濡らした。
「大丈夫ですよ。花梨奈さんが嫌がることは絶対にしませんし、お母様が傷つくこともしません。必ず配慮します。だから、泣かないでください」
「っ、ありがとう」
すると、彼は数枚の診断書を渡してくれた。その診断書は、過去に私や兄たちが父の体罰により怪我をした時のものだった。
「あの封筒の中に入っていました」
「封筒の中に……」
診断書に書かれている内容を指でなぞる。すると、彼は診断書に書かれている――私の怪我をした部分に手を伸ばした。
「ああ、跡になって残っていますね。幼い子に向かって灰皿を投げるなど、正気とは思えない」
「もう大丈夫よ。ほとんど目立たないもの」
トモが私の髪を捲って、こめかみに痣のようになって残っている傷跡を見ながら、歯噛みした。とても怖い顔をしているトモの頬を両手で挟む。
「トモ! 大丈夫だから、そんなに怖い顔をしないで。それより、シモーネともうすぐお別れなんだから日本に帰るまでの時間はシモーネと楽しく過ごしたいわ」
私がそう言うと、彼の表情が少し柔らかくなる。そして肩に頭を乗せてきた。
「そのことなのですが……、実はシモーネさんを引き抜きました」
「え? 引き抜いた?」
予想もしない言葉に目を瞬かせると、トモが顔を上げて苦笑する。
「ロンドンに戻ったあとは花梨奈さんが出かける時の運転手や付き添いをお願いしたいと思っています」
「それはすごく嬉しいけど……。シモーネは? シモーネはなんて言ってるの? シモーネはフィレンツェにお家があるのにいいの?」
「シモーネさんにはすでに了承を得ています。元々、この運転手の仕事は短距離から長距離まで客の観光ルートにより様々らしいんです。なので、しばらく自宅に帰らないということは普通にあるそうなので、一ヶ所に落ち着けるなら大歓迎だと言っていました」
え? 本当に?
「これからも三人でいられるの? お別れしなくていいの?」
確認するように繰り返した私の言葉にトモが頷いてくれる。
トモの気遣いやそれを受け入れてくれたシモーネの優しさに、じんわりと胸が熱くなった。
「今までのように離れたところからボディガードはつけさせていただきますが、側にシモーネさんがいてくれたら僕も安心して仕事ができますし、花梨奈さんも出かけやすいでしょう? 僕が仕事をしている間、シモーネさんとロンドン観光をしていれば退屈もしないと思います」
「嬉しい……」
「花梨奈さん、泣かないでください」
「だって嬉しいんだもの……」
トモとシモーネとこれからも一緒にいられる。それがとても嬉しくて、つい涙があふれてくる。
トモは困ったように笑いながら、その涙を拭ってくれた。でも、これは嬉し涙だから別にいいの。
「あと、花梨奈さんの仕事の件ですが……君さえ望むなら自宅の敷地内に研究所を作ってもいいと思っています。花梨奈さんが勤めている香料メーカーの研究所をロンドンに作って研究員を出向させる分には問題はないので」
「えっ?」
「ですがこれはまだ試案段階ですし、花梨奈さん以外に出向させる研究員の選別もできていません。なので、まだなんとも言えませんが……」
そういえば私の勤務先を買収していたんだったわね。それがこんなところで役に立つなんて、彼のストーカー行為も捨てたもんじゃないわね。
私は苦笑しながら、トモの腕に飛び込んだ。
「トモ、大好き!」
だが、勢いあまってトモと一緒にベッドへ倒れ込んでしまう。彼はそんな私を受け止めてキスをしてくれた。
「言っておきますが、まだ試案の段階なので時間はかかりますよ」
「それでも嬉しいの。本当にありがとう」
トモの上に乗っかったまま、すりすりと彼にすり寄と、力強く抱き締めてくれる。
「今日の花梨奈さんは情熱的ですね。僕のジャケットを抱き締めていただけでも嬉しかったのに、まさか押し倒してくれるなんて感激です」
押し倒す……?
「えっと、ち、違うのこれは……。ごめんなさい。すぐ退くから……っ、きゃあっ!」
トモの言葉にハッとして慌てて上から退こうとしたが、離さないとばかりに抱き竦めるものだから身動きが取れない。
「あの……トモ、離して?」
彼は困惑している私をよそに、パジャマの中に手を入れてお尻を撫で回してくる。止めようとした途端、お尻の辺りにむくむくと硬くなった彼の屹立があたって顔にボッと火がついた。
ちょっと待って……まだ朝なのよ……
「ちょ、ちょっと……トモ……落ち着いて? 落ち着こう」
「僕は落ち着いていますが?」
「え……? でも、あたっているから……その……」
「わざとです」
そう言いながら、彼は硬い屹立を脚の間に押しつけてくる。布越しでも分かるくらい熱く漲った彼のものに、どうしていいか分からなかった。
熱さと硬さに眩暈がしそうだ。
目を擦りながら体を起こしスマートフォンで時刻を確認すると、もう九時だった。誰もいない隣を見ながら独り言ちる。
トモ、昨夜も遅くまで仕事をしていたみたいだけど、ちゃんと眠ったのかしら? まさか、寝ずに仕事していたりしないわよね……
そう思うと途端に不安になって、慌ててベッドから立ち上がると、ソファーの上に無造作に置かれた彼のスーツのジャケットが目に入った。
そのジャケットにゆっくりと手を伸ばす。
忙しいのに……お祖父様からのテストまで受けちゃって本当に大丈夫なのかしら?
「倒れたりしないわよね……?」
彼は私のためなら自分の体調をかえりみずになんでもしそうだから不安だ。そう思い、彼のジャケットに顔をうずめて頬擦りをするといつもの彼の香りがした。
トモに包まれているみたいですごく安心する……
「花梨奈さん、起きたんですか?」
「ひゃああっ!」
突然背後から声をかけられて飛び上がり、手に持っているジャケットに縋るように抱きつく。
心臓をバクバクさせながら振り返ると、私の叫び声にびっくりしたのかトモが驚いた顔のまま、固まっていた。が、すぐにいつもの笑顔に戻り近づいてきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おはよう。トモこそ、ちゃんと眠れた? 昨夜は何時に寝たの?」
スーツのジャケットをソファーにそっと戻しながら、質問に質問で返す。でも、彼の顔をちゃんと見られなかった。
さっきの……絶対に見られたわよね? うう、どうしよう……
思ったより声が震えてしまって、顔を俯けた。でも彼はそんな私を揶揄うことなく抱き締めてきた。
「トモ……?」
「ええ。もちろん眠れましたよ。花梨奈さんを抱き枕にすると、驚くほどに疲れが取れるんです」
「そっか……。なら、よかった……」
彼は先ほど私がソファーに戻したジャケットを手に取り、私に羽織らせてくれる。その意図が分からず、彼を見ると頬にキスが落ちてきた。
「トモ……あのこれ……」
「体を冷やすといけないので、それを羽織っていてください。話があるので……」
「話……?」
首を傾げると、彼は私の手を引いてベッドに座らせてくれる。並んで腰掛けると、途端に彼の表情が変わった。その神妙な面持ちに息を呑む。
「花梨奈さんはどこまで知っているんですか? ご両親のことを……」
とても言いづらそうに問いかけるトモに、きっと母のことを言っているのだと思った私は「全部よ。全部知っているわ」と返した。
母が心を病んでいることも、最近体調がよくなくてずっとベッドにいることも、すべて知っていることをひとつずつ言葉にしていく。その間、トモは私の手を握ってくれていた。
それがとても心強かった……
「では花梨奈さんはどうしたいですか?」
「え?」
「赤司さんが君に手をあげたのは、何もフィレンツェが初めてではないですよね? 僕としては君を苦しめた分、赤司さんに仕返しをしてやりたい……というのが本音です。だけど、これは僕の私的な感情なので無視してくれて構いません。お祖父様のテストのことなども気にせず、まずは花梨奈さんがどうしたいかを聞かせてください」
トモ……
彼の気持ちに驚く反面、私の代わりに怒ってくれていることがとても嬉しかった。
「そうね……お父様が社長を解任されるのは自業自得だし、罪を償うのも当たり前だと思うわ。だから、お祖父様やトモがしようとしていることに口を出すつもりもないし、今後お父様絡みで何が起きても私は受け止めるつもりよ」
「花梨奈さん……」
「でも、お母様がこれ以上心を病んでしまわないように配慮をしてほしいわ。それが私の望みよ」
祖父や兄たちが、父を憎む気持ちがあるように私にだってある。でもそれ以上に母は、もっと言いたいことや仕返ししたいことがあるだろう。
もし母が元気だったら、一体どうしたのかしら。どういう答えを出したのかしら?
そんなことを考えていると、涙がぽとりと落ちた。トモはその涙を拭ってくれながら、私の頭を撫でてくれる。
そのまま彼の胸に顔をうずめると、彼の優しい手が私の背中をさする。まるであやすような彼の手に、さらに涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、彼の服を濡らした。
「大丈夫ですよ。花梨奈さんが嫌がることは絶対にしませんし、お母様が傷つくこともしません。必ず配慮します。だから、泣かないでください」
「っ、ありがとう」
すると、彼は数枚の診断書を渡してくれた。その診断書は、過去に私や兄たちが父の体罰により怪我をした時のものだった。
「あの封筒の中に入っていました」
「封筒の中に……」
診断書に書かれている内容を指でなぞる。すると、彼は診断書に書かれている――私の怪我をした部分に手を伸ばした。
「ああ、跡になって残っていますね。幼い子に向かって灰皿を投げるなど、正気とは思えない」
「もう大丈夫よ。ほとんど目立たないもの」
トモが私の髪を捲って、こめかみに痣のようになって残っている傷跡を見ながら、歯噛みした。とても怖い顔をしているトモの頬を両手で挟む。
「トモ! 大丈夫だから、そんなに怖い顔をしないで。それより、シモーネともうすぐお別れなんだから日本に帰るまでの時間はシモーネと楽しく過ごしたいわ」
私がそう言うと、彼の表情が少し柔らかくなる。そして肩に頭を乗せてきた。
「そのことなのですが……、実はシモーネさんを引き抜きました」
「え? 引き抜いた?」
予想もしない言葉に目を瞬かせると、トモが顔を上げて苦笑する。
「ロンドンに戻ったあとは花梨奈さんが出かける時の運転手や付き添いをお願いしたいと思っています」
「それはすごく嬉しいけど……。シモーネは? シモーネはなんて言ってるの? シモーネはフィレンツェにお家があるのにいいの?」
「シモーネさんにはすでに了承を得ています。元々、この運転手の仕事は短距離から長距離まで客の観光ルートにより様々らしいんです。なので、しばらく自宅に帰らないということは普通にあるそうなので、一ヶ所に落ち着けるなら大歓迎だと言っていました」
え? 本当に?
「これからも三人でいられるの? お別れしなくていいの?」
確認するように繰り返した私の言葉にトモが頷いてくれる。
トモの気遣いやそれを受け入れてくれたシモーネの優しさに、じんわりと胸が熱くなった。
「今までのように離れたところからボディガードはつけさせていただきますが、側にシモーネさんがいてくれたら僕も安心して仕事ができますし、花梨奈さんも出かけやすいでしょう? 僕が仕事をしている間、シモーネさんとロンドン観光をしていれば退屈もしないと思います」
「嬉しい……」
「花梨奈さん、泣かないでください」
「だって嬉しいんだもの……」
トモとシモーネとこれからも一緒にいられる。それがとても嬉しくて、つい涙があふれてくる。
トモは困ったように笑いながら、その涙を拭ってくれた。でも、これは嬉し涙だから別にいいの。
「あと、花梨奈さんの仕事の件ですが……君さえ望むなら自宅の敷地内に研究所を作ってもいいと思っています。花梨奈さんが勤めている香料メーカーの研究所をロンドンに作って研究員を出向させる分には問題はないので」
「えっ?」
「ですがこれはまだ試案段階ですし、花梨奈さん以外に出向させる研究員の選別もできていません。なので、まだなんとも言えませんが……」
そういえば私の勤務先を買収していたんだったわね。それがこんなところで役に立つなんて、彼のストーカー行為も捨てたもんじゃないわね。
私は苦笑しながら、トモの腕に飛び込んだ。
「トモ、大好き!」
だが、勢いあまってトモと一緒にベッドへ倒れ込んでしまう。彼はそんな私を受け止めてキスをしてくれた。
「言っておきますが、まだ試案の段階なので時間はかかりますよ」
「それでも嬉しいの。本当にありがとう」
トモの上に乗っかったまま、すりすりと彼にすり寄と、力強く抱き締めてくれる。
「今日の花梨奈さんは情熱的ですね。僕のジャケットを抱き締めていただけでも嬉しかったのに、まさか押し倒してくれるなんて感激です」
押し倒す……?
「えっと、ち、違うのこれは……。ごめんなさい。すぐ退くから……っ、きゃあっ!」
トモの言葉にハッとして慌てて上から退こうとしたが、離さないとばかりに抱き竦めるものだから身動きが取れない。
「あの……トモ、離して?」
彼は困惑している私をよそに、パジャマの中に手を入れてお尻を撫で回してくる。止めようとした途端、お尻の辺りにむくむくと硬くなった彼の屹立があたって顔にボッと火がついた。
ちょっと待って……まだ朝なのよ……
「ちょ、ちょっと……トモ……落ち着いて? 落ち着こう」
「僕は落ち着いていますが?」
「え……? でも、あたっているから……その……」
「わざとです」
そう言いながら、彼は硬い屹立を脚の間に押しつけてくる。布越しでも分かるくらい熱く漲った彼のものに、どうしていいか分からなかった。
熱さと硬さに眩暈がしそうだ。
応援ありがとうございます!
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