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ローマ

渡された封筒の中身

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「花梨、そんな顔をするな」
「だって……」

 むすっとしている私の頬をつつきながら、一城お兄様が懐かしい愛称で呼んでくれる。

 それでも私の気持ちは晴れなかった。

 あのあと、真実の口から帰ってきた私は兄二人が部屋にいてくれて、とても嬉しかった。が、久々の再会を喜んでいるうちに、いつのまにかシモーネとトモが部屋からいなくなっていたのだ。

「二人に、シモーネのことを紹介したかったのよ……」

 大切な話があるのかもしれないけど、せめて声をかけてくれれば良かったのに……

 そう思いながら、深い溜息をついた。

 シモーネが優しく気さくに接してくれるから、つい忘れて友人のように考えてしまうが、彼からすればこれは仕事だ。分かっているのに、つい甘えてしまう。
 それに、もう少しで約束の十四日間のバカンスが終わる――シモーネとの時間はあまり残されていない……。そう思うと寂しくて泣いてしまいそう。

 あと数日間、シモーネとの時間を大切にしなきゃ。


「遅くなってすみませんでした」
「あ、トモ……!」

 先ほど買った真実の口を模したチョコレートが入っている箱を指で転がしていると、トモが戻ってくる。
 帰ってきたばかりの彼をじっとりと睨むと、その視線の意味が分からないのか彼は首を傾げながら「お待たせしてしまいすみませんでした」と抱き締めてくる。


「……それより、私今日お祖父様に会ったの」
「ええ。先ほど、シモーネさんから報告を受けました」

 不満はあれど文句を言っても仕方がないので、私は気持ちを切り替えるために今日あったことを報告した。すると、すでにシモーネから聞いているトモとは違い、兄たちの表情が強張る。

 まあそうなるわよね。あの人が自ら関わろうとするなんて、驚き以外の何ものでもないもの。私だって今日会って話を聞かなければ、祖父の思いに気づけなかったし。


「それでね……。お祖父様がこれをトモに渡しなさいって言っていたの。これをうまく使えば、私との結婚を認めてくださるそうよ」

 私は祖父が渡した封筒をテーブルの上に置きながら、皆に祖父と話した内容を細かく伝えた。兄たちに、赤司の姓を捨ててこちらに来なさいと言っていたことも伝えた。そして私たちのことを愛していると言ってくれたことも――

 それを聞いて複雑な表情をしている兄たちとは違い、トモは余裕のある表情で封筒の中身を確認している。

「なるほど」
「七條さん。祖父はなんと?」
「……これを花梨奈さんの前で話していいのかどうか」
「何それ。除け者なんて嫌よ。私は何も分からない子供ではないのよ。隠さないで、ちゃんと教えて?」
「そうですね。すみませんでした。いずれ知ることになるなら、今知っておいたほうがいいでしょう」

 トモが私の手を力強く握ったあと、覚悟を決めたような顔で、皆に見えるように封筒の中に入っていた書類をテーブルに置いた。

 それは、父の――社長としての権限逸脱などが記された内部告発文書だった。


「これはすごい……。すべての証拠が揃っている……」
「ええ。とても素晴らしいですね。裏づけもしっかり取られていますし、何より僕が思っていた以上です。これなら、すぐにでも取締役会において、緊急動議にかけられるでしょう」
「そうですね。取締役会を軽視していた父を庇う者などいないと思うのでスムーズに解任ができると思います」

 トモも兄たちも、とても満足げにその書類を見ていた。私は愛人を経営に関わらせていると書かれている書類を手に取り、唇を噛んだ。薄々分かってはいたものの、本当に母を裏切っていたのだなと思うと、失望と怒り、やりきれなさで、なんだか気持ちが悪い。

 この不明瞭な輸入物が多いって、まさか愛人へのプレゼントとか? 横領のほとんどが愛人のためって何考えてるのよ、最低。

 トモはきっとこの事実を私に知らせたくなかったのよね。私がこれを知ったら嫌な思いをするのが分かっているから……

 私は顔を俯けながら、拳をぐっと握り込んだ。

 母は……きっと知っているのだろう。そう言った現実が母の心をどん底へと突き落としていったに違いない。


「私たちも父やあの女には手をやいていたのですが、中々尻尾が掴めなかったんですよ。だから、とても助かります」
「さすが花梨奈さんのお祖父様ですね」

 トモは私の握り込んだ拳にそっと手を添えながら、「ただ、もう少し根回しが必要ですね……」と、思案顔だ。

 父の行動が明るみに出るのはよいことなのだろうが、裏切りを知ってしまったあとの母の気持ちを考えると手放しには喜べなかった。

 今より体調が悪くなったらどうしよう……

「……ねぇ、トモ。お祖父様のテストって、お父様を辞めさせることなの?」
「辞めさせることと会社の立て直しですね。思った以上に状況は悪くはありますが――この証拠のおかげでぐっと簡単になりました。花梨奈さん、これを持ってきてくれてありがとうございます」
「……」
「私たちも協力は惜しまないので、絶対に父を排除しましょう」

 私が返事ができないでいると、兄たちがトモとかたく握手をしていた。

 取締役会の軽視。横領。会社の私物化。愛人の経営への関与。いずれ父は、すべての罪を償う時がくるだろう。

 母の側にいない私は――その時に母が少しでも傷つかなければいいように祈ることしかできなかった。

 だけど、悪いことばかりじゃないはずだ。父の一件が片づけば……母にとっても少しは気が楽になるかもしれない。何年経っても治らない心の病を治せる光が見出せるかもしれない。

 これからは母にとって少しでも優しい世界になりますように――
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